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SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(5)


 ザ・オーシャンシー・パシフィック(The Ocean Sea Pacific)はシュテルンビルトにおいても最大の水槽だが、世界的に見ても10指に入る規模を誇る。
意外な事にシュテルンビルトの南端にある水族館「シュテルンビルトパシフィカルグラフィック」は一大観光名所ともなっていた。普段はツアーに組み込まれているので特に意識されないが、コンチネンタルエリアにある世界第二位の水槽「オーシャンズ/OCEANOS」に続いても人気の高いスポットとなっている。
そのシュテルンビルト財政を支えるマリンパークの要でもあるパシフィカルグラフィックが一ヶ月近くも一般公開を中止していたのだから、シュテルンビルト市民は当然世界からもその理由について憶測が乱れ飛んでいた。ちなみにその憶測は驚くほど正解に近く、多くの国が注視しているのを本国も認識はしていた。
 結局はっきりとした理由を言わないまま、パシフィカルグラフィックは再開を公式に宣言する。
再公開初日は大盛況で当然人は波のように押し寄せた。
 ワイルドタイガー他まだ五名の幻獣化された件の「マディソン症候群被害者」がこのシュテルンビルトパシフィカルグラフィックに保護されている事は発表されなかった。
現在ザ・オーシャンシー・パシフィックに保護されているのはそのうち二名。
この美しく巨大な、自然の海を出来るだけ再現された水槽に今も生息しているのは蛸怪人と人魚だったが、結局この二名の保護先が決まらないまま今に至る。
虎徹の生態を詳しく調べるにつれて彼を飼育できるに足る場所はそれ程多くなかったというのも理由の一つであったが、彼に関してのみ言及するならば、シュテルンビルトを象徴するヒーローたちが各々全員、彼をシュテルンビルトから出すことをよしとしなかったせいであった。
 シュテルンビルト司法局の苦悩も極まっていた。
ワイルドタイガーのヒーローライセンス取り消しも事実協議されたが、彼になんの罪咎がありなんの落ち度があったというのだろうか。
活動停止理由としては十二分すぎるほどだったが、ライセンス取り消し合意には至らず、勿論アポロンメディア社が応じる訳もなく。実際もしこの事態を発表しワイルドタイガーが引退とでもなれば市民が暴動を起こしかねない。いや世界的にみても余りにもこの顛末はまずかった。
NEXT差別を増徴させる結果に繋がらないとも限らず、現時点も虎徹はヒーローとして実戦配備された実稼動メンバーの一人として扱われる事になっていたのである。
タイガー&バーナビーというバディ体制ヒーローであることがこの場合不幸中の幸い的に働いた。
虎徹は人魚になってしまっており、その意識も定かではない。それでも何故虎徹がヒーロー活動において致命的な障りを発生させなかったかというと、バーナビーが一人で頑張っていたからだ。バーナビーという優秀なパートナーが虎徹にはいたおかげだったからである。
バーナビーは虎徹を思う気持ちもあってほぼ完璧にここ一ヶ月、タイガー&バーナビーの活動を滞りなく続けてきた。実際は一人で活動していたことを思うとその努力は驚嘆に値する。
それでもバーナビーは誰が思うよりも確かに虎徹のことを案じていたのでこんなことが可能だったのだろう。
 誰よりも何よりも好きだった。
この時点で、虎徹の家族――楓にすらその問題を明かしていない事によって事実上バーナビーがこの世界で唯一虎徹を守り、完璧にサポートする者だった。心配し、労わり、それ以上の思いやりでもってヒーローとしてもやってこれたのだ。でもそれはいつか破綻することを前提としたものでもあった。
 幻獣たちは貴重だった。
それがNEXTによって作られたものであろうとも、現実社会でありえない価値を彼らは持っていた。
それこそ唯一無二の――マディソンが保護されてしまってからはそれこそ闇値が留まる事を知らぬくらいには。
正式な情報ではなかったが、マディソンが最後に幻獣化したそれは、マディソンがこれまで幻獣化してのけたもののうちで最も価値が高いものとそれこそ並ぶかそれ以上のものだったのだ。
 一角獣と同じくらい、いやそれ以上の。
翼馬(ペガサス)より? 龍より? いや妖獣なんかより。
 剥げるところが多ければ多いほどいい。翼や羽のように剥いでもまた売れるものならなおいい。
水棲生物の美しさは群を抜いていて、マニアは驚くほど多いのだ。
 新緑色の鱗、素晴らしく整った肢体。繊細なレースのようなヒレ、この世の造形とは思えぬその細工物のような美しい爪が、えらが。
そしていまひとつ――素人は価値を見出さないが、真珠に見紛う吸盤、様々に擬態できるその皮膚。人々を癒す効果のあるユーモラスな行動、その全てが。いや『彼女』に限っては人魚以上の付加価値を持っていた。そう、まさかよもや。シュテルンビルトにおけるヒーローという価値を凌駕する程の、『彼女』自身の価値だ。
 裏社会を牛耳る多くの組織、その仲介者であるブローカー及びバイヤーたちは密かにシュテルンビルト入りした。
最初の密輸業者が捕まってからもう一ヶ月。今は程よく誰もが油断している時期だ。




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