Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(4)


SPLASH2

 その日からヒーローたちの水族館通いが始まった。
バーナビーは就業が明けてから毎日。カリーナは暇を見つけて出来るだけ、他のヒーローたちも三日に一度は顔を出すようになる。
大体全員がその日あった出動についてや、悩み事、徒然とした日常生活やその雑事を、虎徹になんともなしに相談しにいっているのだった。
全員が全員不思議な吸引力で人魚化した虎徹に心惹かれた。彼は意図せず存在自体が アクアリウムセラピーそのものになっていたのである。
アクアリウムセラピーとは、水が与える癒し効果 アクアセラピーと、動物が与える癒し効果 アニマルセラピーを合体させた効果があるといわれており、近年病院や保養所などでも良く導入されている。
 漆黒の髪、煌く黄金色の縦に亀裂の入った瞳は思いもかけず優しく、仕草は優美で目が離せない。
上半身は概ね人のそれだったが、首筋に三本の線状になったえらがある。
歯は鋭くとがり、肉食獣のそれを思わせるものに変わっていたが、食事をする時以外は控えめに閉じられていてあまり気にならなかった。
素晴らしいのはその魚と化した尾っぽで、メタリックブルーの光沢を放つ深碧色の鱗に覆われている。金色から深い紺色にまで角度によって様々な色に輝いた。繊細なレースのようなヒレの部分は向こう側が透けるガラスのような薄さだ。その癖その尾の一撃はイルカをも昏倒させるパワーがあるらしい。
来てから二日目に通過儀礼が終わったらしく、程なくして同じ水槽内にいた一位雄とパワー争いになった。新参者の実力を確かめる為でもあったのだろうが、虎徹の方にはあまりそういったパワーバランス的なものに興味がないらしくのらりくらりとかわしている様が観察された。しかしイルカの方はそれでは収まらなかったらしくしつこく虎徹に追撃したした結果、虎徹がその尾でイルカの胴体を一撃したのだ。
 たまたま観ていた飼育員とバーナビーは仰天した。
イルカがそれこそ空中に張り上げられて、四階のホール際ぎりぎりまですっ飛んでいったからだ。
飼育員が気づいていたかは定かではないのだが、バーナビーはその時虎徹の金色の獣の瞳が真っ青に輝いていたの観た。
恐らくハンドレットパワーを発動したのだろう。彼は自分自身のNEXTも失っていない。
 イルカはそれ以来虎徹に一目を置き、更にその存在に敬意を払うようになった為、不必要な諍いもなく事は終息した。
一緒に入れられていた他のマディソン症候群の犠牲者たちは、数日観察されてから、各々が最適な水槽へと身柄を移されていった。
どうやら深海魚的なものに変化してしまったらしい者は、深海ゾーンと呼ばれる圧の強い水槽へ。甲殻類に変貌してしまったものは、もっと浅瀬の生物がいる水槽へと細々振り分けられた結果、ドーム状の最初にいた巨大水槽に残ったのは虎徹と蛸怪人の二名のみとなった。
 蛸怪人は見かけこそグロテスクだが、全身を展開しなければミミックオクトパスと同じようなもので、体色を変えたり、変形したりして風景に溶け込みあまり存在が目立たないのだ。たまに落下傘のように水槽内を漂っている事はあったが、穏やかな気質らしく良く見てみればユーモラスで可愛らしいと言えなくもない。
水槽にいる魚たちもイルカも蛸には無関心で、今日も虎徹に面会にきたバーナビーの視界の中、まるで浮遊玩具のように優雅に移動していくさまが見えた。体色が砂と同じ純白で、その巨大さが威圧するように感じられても最初に見た時感じた嫌悪感は全くない。むしろ今日のこれはとても綺麗だな、くらげに擬態してるんだろうかとかバーナビーの想像力を刺激してくれた。
「虎徹さん」
 水槽に寄っていくとそう名を呼ぶ。
恐らく水槽のガラスが厚くてその声は聞こえてないだろうが、すぐに虎徹が気づいてくれる。
どういった気配を察してなのか、虎徹はただの一度も気づかない事がなく、バーナビーが現れると直ぐにその姿を水槽の前に現すのだった。
その日もその巨大水槽が最も良く見渡せるホールの部分――虎徹が来てからは非公開にしている場所――にバーナビーは居る。背後には巨大なソファーがあり、普段は何百人も収容するその場所は薄暗く寂しげに見えた。
 水槽の奥から一直線に向かってくるのは虎徹だろう。
メタリックブルーの輝きが水槽のガラスに反射して水泡が上へ上へと昇っていく。
水槽に添えられた手の指、その爪の先だけが真紅で水かきがある掌へと続いている。上半身には鱗一つなく、綺麗な以前と変わらぬ虎徹の肌があるように見える。
上半身はイルカと同じ哺乳動物として残されているらしく、えらがあるが肺呼吸も可能だというのがX線写真ですでに判明している。
一方下半身の方は、哺乳類と魚類が複雑に混ざり合ったようなものとなっていて、どうやら太もも付近まではどちらかというと哺乳動物に近い。しかし先にいけば行くほど魚類の特徴が顕著になった。
 本当に綺麗に泳ぐ。そして虎徹は優しく笑う。
飼育員が教えてくれたのだが、虎徹は普段姿を観られたくないのか水槽の奥深く、寝室に使っている狭い小部屋の中――イルカたちにも同じように人の目が届かない空間が奥にあり、気が向かない時はそこから出てこないのだという――で一人じっとしていることが多いという。
食事のときも大抵そこで一人食べているし、飼育員にもあまり懐かずどちらかというと人見知りをしているらしい。
だがヒーローたちだけは別で、どうやってか来た気配を感じると必ず部屋からでて姿を見せるのだそうだ。
「バーナビーさんのときは特別嬉しそうだなって判りますよ。本当に信頼してるんですね」
 そう今虎徹を担当してくれている飼育員に言われて、頬を紅潮させるほど嬉しかった。しかし続けて「ブルーローズさんの時もかなり嬉しそうだなって思いますよ。この前は上に登って髪の毛を撫でてました。食事の時間でなら上部に行けるんですよ。バーナビーさんも時間さえ合うようなら一度どうですか」といわれて硬直した。
「あ、でも髪の毛は大丈夫ですが、他は触らないで上げて下さい」と注意されて何故と問う。
「タイガーさんの皮膚も鱗も非常にデリケートなんですよ。捕獲した時の傷の治りがとても悪くて――人肌が毒みたいなんです」
「人肌が毒?」
「体温ですか、魚類にとって人間の身体は熱過ぎるんですよ。触れた部分が火傷と同じ状態になってしまうんです。身体の構造の半分は哺乳類だそうですが皮膚構成はどちらかというと魚類に近いんじゃないでしょうか。あんなに綺麗な鱗なのに、可哀想にあんなに爛れてしまって」
 そういわれて気づく。
虎徹の尾の部分、右側面に白っぽく変色した部分があり、それが壊死した鱗と皮膚なのだと知って動揺した。
さぞかし痛かろうと今更のように胸を痛めてると、魚に痛覚はないっていう話もありますけどね、ワイルドタイガーさんの場合は痛いんだろうなって私は思いますと頭を下げられて飼育員にバーナビーも会釈し返した。
「どうしましょうか・・・・・・」
 虎徹にそう話しかける。
彼が捕獲されてから既に三週間が経とうとしていた。
その間に幾つもの出動をこなし、毎日のように虎徹を訪ね、細々とした相談をしていたけれど、マディソンは目覚めず、虎徹を含めて幻獣化した人々の回復はならず、270人の行方は海原に消えたまま。
 そうして早くもアントニオが指摘した危惧が現実になろうとしていた。
水族館の運営の問題である。
 マディソン症候群の者たちの為に一般公開を差し止めていたが、そろそろ限界だというのだ。
他の水族館にも負担をお願いし、深海ゾーンに行っていた幻獣の移送が決まった。
首都にあるもっと水槽に余裕のある水族館に任せるというのだ。
甲殻類に変化してしまった幻獣の方も、中央エリアにある水族館への移送するという。
彼らは誰かも判別する事が出来ない上に意思の疎通も不可能だと判断されて、負担の少ない水族館が引き受ける事に決定していた。
問題は大水槽――正式名称をザ・オーシャンシー・パシフィックという――に適応した蛸怪人と人魚の二人だ。
蛸怪人の方は水槽に入れられた当時はその奇怪な姿でいたが、どうやら擬態に優れているらしく近頃は珊瑚やくらげ等に擬態してひっそりと隠れていることが常になっていた。
今では何処にいるか見出すことの方が難しいくらいで、バーナビーなぞは水槽に日参しているからなんとなくこれかなというのが判るが、初めて観た人間には見つけることも出来ない気がした。ここにおいて問題はむしろ虎徹の方だった。
 こうやって見ても幻獣というに相応しい美しい生き物。しかも空想上でしか存在し得ないそれが現実にいる。
色味も鮮やかで見ていて飽きない。泳ぐ姿を眺めているだけでも心が癒される心地がした。
それに虎徹は本当に優しく笑う。白雉の笑みではない。知性を感じさせる柔らかな微笑みだ。元々裏表がなく表情にも屈託のない虎徹だが、幻獣化してから純粋さだけが濾されたような気がする。
 イワンも言っていたのだが、落ち込んでいるとイルカなど哺乳動物は特に態度で労わる仕草を見せる。
言っている言葉の意味が判らないのではく、水槽越しだから声が聞こえないと思いつつも、イワンは事細かに悩みを虎徹に相談するようになっていた。
きらきらと輝く鱗、見事な流線型を描く肢体が優美に水を行き一直線に自分に向かってくる。じっと耳を傾け、言葉ではなく微笑みで励ましてくれる。
見ているだけでぼうっとしてしまうぐらい綺麗で、見飽きない。彼が泳ぐ様を眺めているだけで、ささくれだった心が癒されていく心地がする。実際今の虎徹の姿にはそういった効果があるのではとバーナビーも思っていた。

 維持費を捻出する為にも公開を受け入れた方がいい。
そうロイズにも言われた。
ベンは複雑な表情をしていて、虎徹のアレ、アイパッチは付けれねぇよなあとなんだか考え込んでいた。アイパッチつけてればOKなんだ。とバーナビーはそこのところが重要なのかなあと悩んでしまう。なんにしても虎徹の意見が聞けないのが辛い。勝手に決めてしまっていいんだろうかという心持と、こんな虎徹を誰にも見せたくないという気持ち。
大体ヒーローとしてある程度虎徹の場合は格好悪いところも見せて動じないというか開き直っているところがあったにせよ、これはどうなのかとも思うのだ。
 ていうかもう、ヒーロー関係ないし。関係あるっちゃあるけど、多分なんか絶対違うし。ヒーロー活動の弊害というか、近いところでNEXT犯罪の被害者だよなあ。ヒーローだけど被害者というかそこももうヒーロー関係ないか。
 ため息をつく。
すると、虎徹が水槽の向こうで首を傾げたような仕草。
 それが本当に「大丈夫か?」というようで、バーナビーも微笑んだ。
「大丈夫ですよ。僕のことじゃなくて心配してるのは貴方のことなんです。ねえ、虎徹さん、どうしたらいいと思いますか」
当然だけれど答えの代わりに笑顔でバーナビーも笑いながら水槽にこつんと額をぶつける。
 飼育員が言っていたが、ヒーローたちの前には屈託なく姿を現すが、他の人の場合は人見知りをしていて中々姿を現さないのだという。
一般公開されても、虎徹はそうそう他人の前に姿を現したりしないのではないか。むしろ引きこもって出てこない可能性が高い。勿論格子は外しておくし、虎徹がいいと思えば勝手に出てきて一般客にもその姿を堪能することが出来るだろうが・・・・・・。
「イルカもそうですけど、普段自分がイヤだったら芸の一つもしませんから。あれは彼らの気分なんですよ」とのこと。
飼育員が言っていた事に、ヒーローたちが羨ましい、自分は餌を与えてるけれど、気を許してないのが良く判る。大抵さっさと隠れてしまって全身なんてそうそう拝めませんよ、というぼやきがあった。実際一度こんなことがあった。バーナビーには何も感じられなかったが虎徹は恐らく誰かが近寄ってくる気配を感じていたのだろう、ふいっと泳ぎ去ってしまい姿を隠したことがあり、何事かとバーナビーが訝しんでいると程なく水族館の係員が現れて、アポロンメディア社から通信が入っていると伝えに来た。
巨大な水槽があるので、地下一階に相当するこのフロアは電波の入りが悪い為有線で連絡してきたのだろう。
 別にここにワイルドタイガーがいると殊更宣伝するわけではないですから。上手くすれば誰にもずっと知られずに今までのように。
今までのように? 何時まで? もう三週間だ。一生人間に戻れない事を覚悟する時期が来たのかも知れない。でもそんな覚悟なんてできる訳がない。
それに一般公開して暫くすれば恐らく、なんらかの拍子に虎徹の姿を目撃する人も出てくるだろう。
 人魚のいる水族館。
悩むところだった。何も言わずに公開してしまえばそれはそれで大騒ぎになるだろうし、ワイルドタイガーが幻獣化していて今そこに保護されてるとか言えば言ったで絶対市民がここに押し寄せる。水族館にしてみれば、どちらでも大盛況になるのだから問題ないだろうけれど――どっちの方がいいんだろう?
 勿論バーナビーは公開しない方法を考えた。だがシュテルンビルトではそれは難しいということが判った。
実際非公開を貫くことに決めた幻獣たちは、水槽に余裕がある他州へと回されてしまった。それは耐え難い。虎徹とこれ以上隔たるのはイヤだった。
水槽のガラスだって本当はイヤなのに。でもこればっかりは。
 ヒーローたちは知っているが、二人はバディを再結成して復帰後、すったもんだと紆余曲折の後正式に付き合うことになっていた。
ブルーローズ――カリーナが相当ごねていたが、そこはそれ、恋愛は自由なのだから貴女が将来虎徹さんに告白する権利や恋する権利を取り上げたわけじゃない。僕らは今は付き合ってますが、ご覧の通り男同士なんで表面上はフリーのままです。少なくともヒーローを二人とも引退するまで籍をいれたりすることはないでしょう。現実問題としてヒーロー活動中それは無理。後は貴女の問題じゃないですかね。とスマートにかわした。
 虎徹の貞操やら過去に拘るか否かということなわけだが、バーナビーの希望に反してカリーナは虎徹を諦めないという方向に行ってしまった。
ちっと舌打ちしたら気づかれて、「性格悪い」と怒鳴られた。意外にライバルが多いので気が気じゃなかったのだけれど、こんなことになるだなんて。
「海上結婚ならともかく、海中結婚とか無理じゃないですか。僕の未来設計色々台無しですよ。いや貴方と出遭った時点で人生設計台無しでしたけど」
 でも、それでもいいと思ったんです。
「結婚なんて本気で考えてたつもり、なかったんだけどな・・・・・・」
 世の中の男が結婚を本気で検討する、いや決意する時ってそういうのっきぴならない事態に遭遇した時なのかなって。
だって、貴方を失うぐらいなら? いっそのこと。でもそれももう――。
バーナビーは深いため息をついた。



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