琺瑯質の瞳を持つ乙女(12) SCENE 4 結局軍も警察もエドワードを囮に使うという強攻策をそのまま続行する事にした。 A国、F国、D国他、ザントマン事件を早急に解決したいらしく外交的圧力があったらしいとさすがにバーナビーも察した。 S国は確かに特殊な国でシュテルンビルトを内包する世界最大の連合国にとっても扱いが難しい相手だともいう。かつて何度も一触即発の状態に陥った事があり、本国はこの些細な問題を今回解決出来るかもしれないと逸っているのだろう。 連続殺人事件を些細な事というのは個人レベルでは憚られるが、国家間の問題となると確かに些細な事なのかも知れないとバーナビーも思う。 だがN.E.X.T.であるのだから犠牲になって当然だとするやり方はどうしても受け入れられなかった。 「色々思惑もあるんだと思います。 社長からも頭を下げられました。 ユーリ管理官からも謝罪が――形式上かも知れませんがあって、その説明して頂いて・・・勿論断わってもいいけれど、個人的には勧めると」 軍と警察の言い分には僕自身含むところがあります。こんなやり方許されるのかって。エドワードも多分それもあって黙秘・・・してるんだと思うんです。 「あなたが理由を聞けばエドワードも言う気になるんじゃないの?」 ネイサンがそう言ったが、イワンは首を横に振った。 「判ってもらえないかと思いますが、僕は聞きたくないんです。エドワードが自ら話すというまで無理強いしたくないし、そういった行為もしたくないんです。僕は一度エドワードを裏切りました。もう二度と裏切らないと誓ったんです。 それにどんな理由があろうとも、エドワードが僕に内緒で特別外出許可中に単独行動した事は間違いありません。それを黙っていた僕自身の罪は確かにあるんです。これが司法局に仕組まれた事であろうとなかろうと本来やってはならない事をしてしまった。その罪を無かった事にしてくれるという申し出でもあります。だから僕は甘んじてその役を引き受けようと思ったんです」 エドワードには拒否権もなにもない。僕と違って強制的に協力を――囮を強要されるでしょう。 「エドワードは僕が守ります」 イワンは静かに、しかし力を込めた声でしっかりとそう言った。 その瞳の強さに虎徹はぽんと肩を叩く。 「判った折紙、俺たちも及ばずながら協力する」 「勿論私たちもよ! 本物のシリアルキラーをとッ捕まえてやりましょう」 ネイサンも笑顔でそういい、カリーナとパオリンも頷いた。 皆の顔を見回して、イワンはどうしてと呟く。 「どうして?」 キースがあっけらかんと聞くのでだってと言う。 「だって、エドワードがその、ザントマンではなくても何か悪い事をしたのかも知れない、本当に知られてはならないことや犯罪に手を染めていてそれで言えないのかも知れないんですよ?」 「折紙君はエドワードがそういった悪さの為に、君に黙って行動したと思っているのかい?」 いいえ。 イワンは首をまた横に振った。 「エドワードには何か言えないわけがあると想うんです。でもそれはきっと悪い事じゃない。予想もつかないけれど、僕はエドワードを信じます。そうしなきゃいけないんです」 「君が信じているのだからそれでいいじゃないか」 アントニオもおうと拳を振った。 それから各々笑って肩を叩きあい、とりあえずイワンのヒーロー復帰を喜んだ。パオリンとカリーナが人数分のスポーツドリンクを自販機で買ってくると全員に回す。喉を潤し、立ち話もなんなのでソファに皆して腰掛けてヒーローだけで今度の事件のおさらいをする事にした。 「それじゃアッバス刑務所へ移送っていうのは、今日予定通り行われるのね」 ネイサンが確認する。 「はい」 イワンが頷く。 ザントマンがエドワードというのには無理があるとは思うけれど、シュテルンビルトで殺された女性についてはまだ嫌疑がかかってます。彼女だけ殺害方法が違うんですよね・・・。今までザントマンは犠牲者を多分何処か人目のつかない場所へ連れて行って始末していた。死体は死後何日かして――酷い時には死後2ヶ月以上後に山や谷に捨てるという方法を取ってました。それが今回はシュテルンビルトの普通の通りで、眼もその場で抉って殺害していた。何かそうしなければならない理由があるか、または全く別人による模倣犯の仕業というのも考えられるんです。ザントマンと思わしき外交官の行動は、領事館以外の場所では完全にトレースしていると軍と警察が言っていますが、エドワードのように特殊な移動を行えるとしたなら――身体を砂状に出来ると考えれば形態を変えて移動するという方法が可能だろうので、完全に動きを把握するのは難しいと思うんです。 「怪しい動きをした場合、すぐに軍、警察共に司法局へ報告し、その報告によっては直ぐに我々ヒーロー達が出動するということになります。 そして僕はエドワードの移送が始ると同時に、問題の外交官を尾行する任務につきます」 ふむとキースが顎を杓った。 「誰かに化けて? 外交官の秘書とか」 イワンは微笑して首を振った。 「いえ、多分壁とか床とか・・・」 壁、床。 無機物なのかよと虎徹が吹きだした。 「そういやお前、俺を捕まえに来た時、俺の手配書に化けてたもんな!」 そんなこともありましたねとイワンが苦笑。 「僕尾行には長けてるんですよ。擬態能力って隠密行動にはもってこいなんですよね。ヒーロー活動にはあんまり使えない能力なんですけど・・・」 「でも、殺人現場を押さえるのは難しくない? だって砂になって移動するんだとしたら、ついていくこと出来ないじゃない」 カリーナがそういうと、馬鹿ね、それをやるのは私たちの方の仕事なのよとネイサンが言った。 「え?」 「だから折紙がやるのは領事館への潜入捜査。出来ればその殺人を行っている証拠や、何処へ行こうとしているのかを突き止めてそれを司法局、つまり軍、警察、ヒーローに伝える役目ってことよ。ブルーローズ、あなたちょっと寝てきたら?」 忘れてた・・・。そうなんだ、頭回らなくて・・・、でも大丈夫、頑張る。 カリーナはぶんぶんと首を振って眠気を払う。パオリンが横で「ボクに寄りかかってちょっと眼を瞑ってたら? なんかあったら起こすからさ」と言うと、ありがとうと寄りかかりすぐに目を瞑った。 「エドワードが移送されたら行動を起こすと思います?」 それまでずっと黙っていたバーナビーが不意にそういったので虎徹が振り向いた。 「それは判らんけどシリアルキラーっていうのは、殺人衝動が止められなくて繰り返すっていうからやるんじゃないか?」 エドワードに嫌疑の眼を向けて、自分はその隙にということでは?と虎徹が言う。 所謂快楽殺人者はそうやって留まる事を知らず人を殺し続ける。各々が別々の趣向を持ち、奇妙な儀式めいたやり方で残酷な殺人を繰り返す。 「ハイウェイ・キラーってのがあったけど、あれは三人居たんだよな確か。三人とも同時期に面識も無く同じような快楽殺人を繰り返してたってのが驚きだったが」 「ハイウェイ・キラーって全員ゲイだったって新聞で読んだけど」 パオリンがあっけらかんと確か一人はゴミ袋キラーとも呼ばれていたよねという。 「なんでゴミ袋なんだ?」とキースが聞くと、「彼は死姦が趣味で、犠牲者はショットガンでいきなり撃ち殺してたんだ。それで用が済んだら死体をバラバラにしてゴミ袋につめて、ハイウェイ脇か砂漠に捨ててたんだよ」と答えた。 んまあとネイサンは身を捩って、女の子がそんなことをさらっと言う方が怖いわ!といい、アントニオにどつかれる。 「俺はお前が怖い」 「後はね、拷問好きでTシャツで絞殺するのが趣味のやつと、人間で狩猟が目的のやつの二人だよね。互いに気にしてたみたいだよ。同じような殺人鬼がいるって。狩猟快楽殺人者だったやつは確か、自分は拷問は趣味じゃないから直ぐ撃ち殺すって言ってた」 虎徹がもういいよとパオリンに左手を振る。 「でもってザントマンは両眼抉り出すっていう拷問好きのシリアルキラーって訳だ。胸糞悪いな」 「考えただけでも鳥肌だわ」とネイサンも同意する。 全く理解できん趣味だとアントニオも言って、また何か考え込んでいる様子のバーナビーが口を開いた。 「本当に――趣味なんでしょうか」 「趣味って、言い方悪いけどよぉ」 他にどういえばいいんだと虎徹が逆にバーナビーに聞くと、バーナビーは「いえ、本当に快楽の為で眼を抉り出す事に他の意味はないのかなって」と言った。 「ゴミ袋に詰めて捨てるのにも、一応ハイウェイ・キラーなりの意味はあったんじゃねぇのか」 「そうではなくて、ザントマンは本当に快楽殺人者なんでしょうか」 え? とパオリンがバーナビーを見る。 「いえ、考えすぎだとは思うんですが、昨日嫌なものを見ちゃって、それが忘れられなくて」 ああと虎徹も苦笑した。 「薄ッ気味悪かったぞ。HFDだっけ、すげえ人間そっくりの人形なんだよ、夢に出そうなぐらい。それが小部屋にずらーっと並んでてさあ、中央に失敗作なのかその犯人が壊してったのかがわかんないんだけど、裸の人形が山積みになっててそれが少女の死体にしか見えなくて」 驚きだよ、マジでと虎徹が身振り手振りで話し、ああそういえばと今しがた気づいたように言った。 「なんかHFDってのは瞳を宝石で作るらしいな。なんかえらい高価な人形だってバニーに聞いたけど宝石なんか埋め込まれてたら高価にもなるだろう。宝石だけ盗んでったのか何体かの人形の目が刳り貫かれててさ、思わず俺ザントマン思い出したぜ。人形だって判っててもあんだけそっくりなもんの眼が刳り貫かれてたらそりゃあ気分悪いって、なあ?」 とバーナビーに言って首を傾げた。 「バニー?」 「・・・・・・盗んで無かった」 「え?」 バーナビーは考え込むように言う。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |