琥珀を捕む夢(3) 朝になって虎徹は出社。 友恵も近所の把握に一緒に朝でて、ブロンズ周りを探索してくるとモノレールの駅まで一緒に向かった。 最初は身なりに無頓着だった虎徹も、友恵の見立てでなんとかオリエンタルタウン臭さも抜けてシュテルンビルトに似合ったスタイリッシュな姿に。 それでも自分では着こなしが良く判らないせいで、一度決めた上から下までの一式をそのまま何セットも買い込むという事をしていた。 「学校の制服みたいに決めてくれると楽なのにね」 友恵がそういうと、背広は苦手かもと虎徹が答えた。 そして友恵はあらという。 二人が向かうモノレールの駅のほう、皆殆どが同じ方向へ恐らく出社する為に向かうそこを、一人の少女が逆に向かってやってくる。 この街でも割合珍しい、ストレートの黒髪。 しなやかなその長い髪がふわりと揺れて人波と同じ方向に流れていく。 チャイニーズかしら、いえ、・・・日本人だわ。 日本人はシュテルンビルトではあまり見かけない。 シュテルンビルト内には日系人コミュニティが存在しないのだ。 すれ違う一瞬、その少女は友恵を見てふわりと笑った。 まだ10歳ぐらいの少女だ、こんな時間に付き添いの大人もつけず、モノレールから降りて何処へ行くのか。 家に帰る? 朝帰り、いいえまさか。 「友恵?」 虎徹が不思議そうに友恵を見た。 友恵は振り返りながら少女を見送っていたが、すでに彼女の姿は寄る人波の中に紛れて消えてしまっている。 周りは背広を着たサラリーマン、人人人の波。 「あーうん? あの子大丈夫なのかなって思って」 「あの子?」 虎徹が怪訝そうに聞いた。 「今ほらすれ違ったじゃないの。 黒髪ロングの10歳ぐらいの女の子。 あの子ちゃんと家に帰れたかな?」 何を言ってるんだ? 虎徹が首を傾げた。 「それって何時の話?」 「何言ってんの、今よ今! 今!ここですれ違ったじゃない」 「ゴメン判らない。 俺見てないよそんな子」 「嘘ぉ。 虎徹君、目が悪くなったんじゃない?!」 「だっ、俺なの?!」 友恵の見間違いってのはないんだな。 俺ホントに見てないのに。 虎徹がぶつくさ言ったが、友恵はそれに肘鉄を食らわせてつんと頭を反らした。 「いいわよぉ〜、はい、じゃあ私はここらへん見回ってくるね」 虎徹は咳き込みながらおうと言った。 「友恵ちゃん、なんか忘れてない?」 「忘れてないよぅ」 屈んでくる虎徹の額に一回キス、それから頬に一回キス。 更にぎゅっと肩口を引寄せて唇にキス。 「いってらっしゃい」 友恵がその鳶色の瞳で虎徹の瞳を下から覗きこむ。 「行って来ます、奥さん」 奥さんだって、きゃっ。 友恵がモノレールの改札に向かう虎徹に手を振った。 二人を見ている人が結構居たが、まあ実の所二人は全然気にしてなかった。 「いよいよ明日は虎徹君が本物のヒーローになる日ね」 友恵がそう言い、虎徹が照れたように笑う。 引っ越してから今日で一週間。 やっとダンボールを全て開け終わって人心地ついたところだ。 虎徹は部屋を見回してへえと言った。 「さすが、なんか凄く片付いてる」 「そっちの棚に全部ヒーロー関係の雑誌は入れることにしたの」 テレビ周りのキャスターから横の棚に目を向けると、6段に分かれているその棚の一番上と下から二番目の段が空。 「これはどういうレイアウトなんだ? 人形でも詰めるのか? それともフォトフレーム置き場?」と聞くと、友恵は違う違うと笑った。 「これからここにはね、ワイルドタイガーの物語が詰っていくの。 まずはMONTHLY HEROを毎月入れていくわ」 虎徹は友恵と呟いてソファに座っていた彼女ににじりよると、そっと目の前に跪いてその手を握った。 「ありがとう友恵、愛してる。 俺頑張るよ。 お前の為にも、シュテルンビルト市民の為にも」 「何時でもどんな時でも、虎徹君が私の一番のヒーローよ、愛してる」 それから同時にふふっと笑って。 友恵と呟いて虎徹は彼女を抱きしめた。 その顔を愛しさを込めて覗き込む。 シュテルンビルトは新しいヒーローの話題で持ちきりとなった。 ワイルドタイガー、初の純粋なパワー系N.E.X.T.のヒーロー。 その力の強大さ故に最後の最後まで試験に受かりながら司法局の認可が降りなかった曰くつきの人物でもあったが、力の強大さ故にペナルティとして課されたような過酷な制限時間、それをフォローする為にあるようなダイナミックなワイヤーアクションでヒーロー人気に再び火がついた。 まるで映画のSFXのようなワイルドタイガーの大胆な救助劇。 それはかつてHERO TVには無かった粗暴さと大胆さを兼ね備えており青少年に絶大な人気を誇った。 こうしてトップマグの新規採用ヒーローは、新しい風を吹き込んだとしてシュテルンビルト市民に熱狂を持って迎え入れられたのだった。 友恵はそんな虎徹の活躍を誰よりも喜んだ。 毎日テレビで夫の活躍を見てはかつてレジェンドの活躍に胸を熱くしたように虎徹に声援を送り、その裏側でレジェンドの時にはなかった心配をも抱いた。 ヒーローだって人間なのだ。 虎徹というワイルドタイガーの真の姿を知っている友恵はヒーローという危険な職業に今更のように気づいてしまった。 打ち身捻挫は日常茶飯事で、銃を持つ相手になら撃たれる事も有り得る。 実際虎徹は何度か負傷した。 ハンドレットパワー発動時には弾丸を避ける事も容易いし、その肉体で受け止める事も可能になるが、N.E.X.T.を発動していなければ普通の人間と変わらないのだ。 多少俊敏で頑丈ではあるけれど。 ヒーローである虎徹を友恵は愛していたが、彼を心配しないわけではない。 誰よりも彼を案じたのは確かに友恵だった。 「無茶はしないでね。 虎徹君、時々凄く無茶してるよ、気をつけてね」 能力終了時に弾丸を食らい、右腕に負傷して帰って来た時にはさすがに友恵は心配を口にした。 虎徹は大丈夫と笑って言う。 「ちょっとドジっちゃったけど、次は気をつけるよ」 それ以外は全て順調で不満など無い日々だ。 虎徹の言葉に友恵は微笑みテーブルへと促した。 そうして二人で食事をして、今日あった事を互いに報告する。 「友恵、何か困った事や具合が悪い事はないか? どう?ここ住みやすい? 俺結構家空けててごめんな」 「意外に治安いいよ。 ここのエリアは家族で住んでる人が多いから。 ベンさんに感謝しなきゃ」 「ベンさんに? なんで」 虎徹君鈍いよと友恵は笑い、近所のコミュニティ入ったんだけど結構面白いよと言った。 「隣の奥さん結構さばさばしてて話しやすいし、向かいの奥さんも面白い方だよ。 あとコミュニティには居ないんだけど、近くに日系人が住んでると思うんだ。 でも誰も知らないっていうのよね」 友恵は虎徹に曖昧に笑う。 「日本人、こっちじゃ本当に見かけないから、出来れば仲良くしたいのになあ」 「ホントに居るのか? 観光客じゃない?」 「違うよ、居るのよ10歳ぐらいの女の子が。 たまに外ですれ違ったりするの。 黒髪ロングの可愛い女の子よ、虎徹君みたことない?」 ないなあと虎徹は顎を杓った。 季節は行き、日々は巡る。 平穏に確かに今日が続きシュテルンビルトの長い冬を越えて再び春が巡る。 「あの子みたいな可愛い赤ちゃんが欲しいな」 あの子って誰? 二人でベッドの上で思う様愛し合って満足して優しく互いを抱きしめて、営みの余韻に浸りながら友恵は虎徹の鎖骨に顔を埋めて。 「んー、だから近所に居る筈の日系の子よ。 黒髪で、色が白くて目が綺麗な鳶色で」 白雪姫のお母さんのお願いみたいに。 童話の話なの?と虎徹が優しく聞く。 そっと、自由になる左手で友恵の目元をなぞる。 「肌の色は頓着しないわ。 虎徹君みたいに綺麗な小麦色でもいいかなって思うし。 でも女の子、きっと女の子よ」 ふーんと虎徹は言った。 男の子でも女の子でも、友恵が産んでくれる子ならどっちでもきっと可愛いよと。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |