Novel | ナノ

琥珀を捕む夢(4)


NC1953.少女は夢を買った

 根本隆(ネモトタカシ)通称本(モト)さんはオリエンタル商店街所属のドリームマスターで、時折シュテルンビルトに出張しては商売を行っている。
勿論司法局に登録してのれっきとした特殊技能(N.E.X.T.)による商いで、月に二回ほど契約した占い館の経営するストリート及びその館内で夢を売っているのだ。
準医療活動にも抵触する商売でもあったので、一応本はカウンセリングの資格も取得していた。
本の能力で司法局が準医療として特に価値を見出していたものは「夢による睡眠学習」だったがこれには本自身が長くコンタクトを取り続けなければならないという欠陥があって、相手を選ぶ。 かつてきちんとこの睡眠学習能力を発揮したのはオリエンタル商店街が応援しているワイルドタイガーこと地元では虎坊と呼ばれた青年に対してだけで、それも実は上手く行かなかった。 そんなわけで大抵本がやっているのは純粋に夢の売買。 主に「いい夢」であり、いい夢を見たいという相手に対しては希望を聞き、かつて見た夢の再現をしたり悪夢を幸夢に変更したりするのだ。 他には等価価値のある夢同士のすり替え、他人との夢の交換なども可能で、女子高生を中心に多くの顧客を獲得していた。
 そんなドリームマスター本自身も夢を見る。
今日の夢はなにやら非常に豪華絢爛だなと本は思った。
サイコ系N.E.X.T.の一形態である本の夢使い能力は、本自身の夢もある程度コントロールできる所があり、本は自分の能力を当然自分の夢にも反映していた。
ただ悪夢というのは一概に全て悪いとは言えない。 中には精神のバランスを整える為にわざと生体反応として観ているものもありそういうものは全く消去するのではなくて形を変えてソフトに残したり、それを悪夢と認識させる問題を逆に解決したりなどの処置を行う。 大抵それで上手く行くんだけどな、本当に問題があるのは一件幸夢に見えるものなのだということも本は良く知り尽くしていた。
 さてしかし、これはなんの夢なんだろうなあと考えて思い当たった。
ヤンタールナヤ・コームナタ――琥珀の間だ。
すべらかな黄金の輝きに満ちたアンバーの部屋。 こんな風になっとるのか、一度実物を拝みたいものだと本は思う。
たまにあるのだが精神世界というものは、特に夢というものは全てどうやら他人と繋がっているらしい。 他人どころか全ての生命体と根っこの部分で繋がっていて深層意識
では一つの広大な海のように綴りになっているらしい。 らしいというのはその深層意識まで降りられるサイコ系N.E.X.T.が極稀にしか存在しないからなのだった。
夢は無意識界の扉だと本は解釈している。 ドリームマスターというサイコ系N.E.X.T.でも特殊分類されるその力は、分類上暗示系と支配系の力の中間とされている。 それは現世においてのパワーは小さいが、精神世界への侵入深度としてはほぼ最深に近い能力者ということでもある。
 そんでも無意識界の壁は超えられねぇんだよなあと本はしみじみと思った。
その夢とは思えぬ臨場感のそれに本は手を触れてみた。 扉は頑として動かず、重くしっとりとした琥珀の感触。 うん、良く出来ている。
 この夢スゲエな。 この扉を開けたら新しい世界が――海が見えるんだろう。
見てみたいと本は思うが、そうしてはならないというのも良く知っていた。 危ない危ない。過ぎた好奇心はN.E.X.T.を滅ぼす。 うん、俺らには禁忌があるしな。
ここはそっとしておこう。 誰の夢だか判らないが、素晴らしく美しい。 大切に大切にしているんだな。 悪い事をした。 興味はあるが直ぐに立ち去ろう。 この感触からすると夢の主はまだ若い女性だろう。 こんなオッサンが紛れ込んでたら気持ち悪いだろうなと本は早々に退散することにした。
 たまにあるのだ。
夢の出張販売を行っていると、その時に読み込んで組み替えた客の夢が――本の中に残されて夜夢に紛れ込んでしまう事が。
夢の中では物理的距離は関係ないので、親和性が高い相性のいい夢主程紛れ込んでしまう事がある。 気をつけてるんだけどごめんよと本は謝って、豪華絢爛な琥珀の間の一番隅っこに作られているみすぼらしいただの木の潜り戸、それを抜けて自分の夢へと帰ろうとしたところで呼び止められた。
「おじさま」



[ 79/282 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
【Novel List TOP】
Site Top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -