しいなは荷物をまとめた。もともと量があるわけでもない。刀は背負えばいいし、符は装束の中に仕込んでいる。いくばくかの着替えなどを風呂敷の上に置き、ふっと顔を上げた。 いい天気。 立ち上がり、引き出しにしまい込んだボタンや枯れ枝を取り出す。雪だるまのかけらたち。 結局、ゼロスには伝えられなかった。まさか、彼の母親の国葬が執り行われる日に帰ることになるとは。 王家に仕えるミズホとしては、次代の神子の母親の国葬を無視出来ない。あの事故以来、眠り病から覚めない頭領イガグリに代わり、副頭領タイガが参列することになった。そのタイガと共にミズホに帰ることになる。 小さなハンカチに雪だるまのかけらたちを包み、荷物の中に入れた。 きっと、いつか、また会える。それを信じるしかない。 「行くぞ」 「…はい」 タイガの言葉にしいなは頷いた。そのわずかなためらいを感じ取り、タイガは動きを止める。 「…何か、心残りでもあるのか?」 「え…」 ある。しかし、今日この日にゼロスに会うのは困難だろう。せめて別れを、そして再会への希望の言葉を告げたい。タイガに頼み込み、式典への参列と弔問に同行しようかとも思ったが、さすがにはばかられた。後悔したが、それも仕方ない。 「いえ…、ありません」 「…そうか。なら行こう」 「…はい」 きゅっと唇を結ぶ。 研究所の皆に挨拶し、連れ立って外に出る。城門の前まで来たところで、しいなは足を止めて振り向いた。テセアラ城が遠くにそびえ立つのが見える。 しいなの足音が止まったことにすぐに気付いたタイガも振り向いた。少し考えてから、タイガは進路を変えた。テセアラ城のほうへと。 「…副頭領?」 「前もって陛下には伝えていたが、一応もう一度謁見しておこう。…会えぬ可能性もあるがな」 「……はい」 何故そんなことを言い出したのかは解らず、しいなはただ従った。むろん、タイガはしいなの心残りを汲み取っただけである。その中身を正確に解っていたわけではなかったが。 メルトキオは広い。タイガはちょうどよく通りかかった馬車に声をかけ、奥に乗り込む。しいなも続き、幌の外に見える風景に目をこらしていた。 しばらくし貴族街に差し掛かったところで、腰を浮かしかけた。行列が見える。 「すまないがここで降ろしてくれ」 すかさずタイガは声をかける。料金を支払い、訝し気に自分を見るしいなに説明した。 「おまえはいずれミズホの頭領となる。そのときのための勉強だ、国葬――神子の奥方の葬儀なのだが、少し見ていこう」 「は…はい」 しいなの頬に赤みが増す。すぐに視線を移した。 「……あ…」 見付けた。しいなはすぐに解った。棺のすぐ前を歩く、雪の残る白い世界に映える赤い髪。かなり距離があったから見付けられたのは奇跡に近い。 「ゼロス…」 ぽつりと呟く。それを聞き逃すタイガではなかったが、あえて聞くのはやめた。 俯いているゼロスにいつもの明るさはなかった。無表情。その一言に尽きた。 ふっと、何の前触れもなく、ゼロスはおもむろに顔を上げた。 視線が合う。 ゼロスはわずかに驚きを表情に点す。しいなは微かな笑顔を期待した。またね、と言ったときの笑顔を。 しかし、ゼロスは視線をそらした。冷たい、強張った表情で。さよならにもならない顔。 緊張したしいなの身体から力が抜けた。 哀しそうな顔をして俯いたしいなを見ていたタイガは、なんとなくではあるが読み取る。 |