「それに…父上が母上に奪われた? もしかして、母上と出会う前から…恋人同士だったというの?」 セバスチャンはうなだれた。ゼロスが推測したとおりだった。 「…ねえ、母上の婚約者という人は、今はどうしているの?」 全ての核心だった。重々しく口を開く。 「…マーテル教会に、……消されました」 「…消さ…」 絶句。その意味くらい、解る。母は、婚約者を殺され、哀しみと絶望をもって嫁いできた。もし婚約者の後を追おうものならば、家族の立場は最悪のものになろう。 「…セレスはどうなる? ねえ、セレスに会いたい」 「……」 黙り込む執事にゼロスは怒鳴った。 「答えろ!」 いつも穏やかで朗らかなゼロスの剣幕を見るのは初めてだった。 「セレス様は…今、メルトキオにはおりません」 「どうして!」 「……セレス様のお母様は、実行犯のハーフエルフと共に、マーテル教会ならびに神子への反逆罪として、…既に処刑されました」 「……!!」 「セレス様は、南にある修道院に送られました。お母様の罪を知らぬまま、その罪を被せられ…」 「セレスが…企てた、と? 神子になりたいが為に、ぼくを殺そうと、5歳の女の子が、企てたというの!? 修道院に送られた? ようはていのいい軟禁じゃないか!!」 ゼロスは憤慨した。セバスチャンに怒りをぶつけても仕方がないことくらいは解っている。 「ふざけるな!! …なんなんだ、マーテル教会とは、神子とは…いったいなんなんだ。どうしてそこまでする必要がある!」 「わたくしには…しかし、神子とは絶対の存在なのです。神に選ばれた、天使に導かれし存在なのです…」 そのために、父と母は愛のない結婚をし、望んでもない子を――自分を生んだ。 「…父上は…逃げたのか…?」 「…それは…」 「父上は自害した。ぼくや、母上や、セレスたちを残して…。自分勝手にも、逃げたのか。その重圧や、自分の責任から逃げたっていうのか」 「ゼロス様…」 固く握り締めた拳が震える。爪が掌に食い込み、肉が裂けかけるほどに。 そして、ふっと力を抜く。 「…少し、ひとりにしてくれる…? すぐ、行くから…」 「はっ…」 セバスチャンは、主に従った。 いつかは話さなければならないと思っていたことが、最悪のかたちで、最悪のタイミングで遂げられてしまった。 バタン。扉が閉まる音。ゼロスは窓の外を見て、薄く笑った。 …ほらね? しいな。鋭くたって、いいことばかりじゃないんだよ。 もう少し鈍ければ、セバスチャンとメイド長の会話を盗み聞きすることはなかっただろう。もう少し鈍ければ、悪意の魔術が自分を狙ったもので、母はただ巻き込まれただけだとは気付かなかっただろう。自分が父からも母からも望まれず生まれた子だとは思わなかったはずだ。 絶望だ。 母を殺してしまったのは、他ならぬ自分の存在だ。 セレスが全てを知れば、もう慕ってはくれまい。彼女の母を殺したのも自分だ。しいなに対する気持ちも、自分は持ってはいけないのだ。 ドレッサーの鏡に向かう。そこには、紅い髪の少年がいた。 母は美しい金色の髪をしていた。この髪は、父親譲りのものだった。 「おまえなんか、産まなければよかった…」 蘇る赤い光景。 「ぼくは…ぼくは父上のようにはならない」 母やセレスの母親のような哀しい女たちを生み出したくない。ゼロスは鏡を睨みながら、そう独白した。 つづく |