ゼロスは、荷物を背負い、ミズホの装束を来た男性と共にいるしいなの姿を見て、彼女が故郷に帰ることを悟った。数日前にしいながゼロスの家を訪れたときに言いかけた言葉は、別れの言葉だったのだと気付いた。 しいなには解らなかった。視線をそらされた理由など、皆目見当もつかない。それでも、その態度から今までのようにはいられないことだけは察した。 小さな小さな恋が終わりを告げた。ようは、それだけのことだった。 メルトキオの精霊研究所から声がかかり、研究に協力をすることになったしいなは、人工精霊コリンとの契約を果たした。 ふたりでいれば辛さは半分、楽しさは倍になる。相棒と過ごし始めて、少し経った頃だった。 メルトキオのメインストリートを登る。テセアラ王からしいなへと直々の命があるという。今までは副頭領タイガや、若手の中で頭角を現わしはじめた幼なじみのおろちが承ることが多かったが、今回はしいなに声がかかった。15という節目の歳、人工精霊コリンとの契約の成功、あるいは頭領の娘としてか――理由は解らなかったが、喜ばしいことであった。 不安はある。しかし期待もある。あたしは、この任務を必ず成功させるんだ。それが、いちばんの償いなんだ。そう信じていた。 弾みだしそうな気持ちを抑え、道を一歩一歩、階段を一段一段登っていく。 そんな彼女に注がれる視線には気付いていなかった。 「しいな!」 後ろから声をかけられて、しいなは振り返った。 「……?」 小走りに寄って来たのは、しいなにとっては知らない男だった。同じくらいの年頃ではあると思う。振り向いたしいなに相手の男はぱあっと笑った。花の咲くような笑顔。 「やっぱり、しいなだ」 「きゃあっ!?」 男は急に抱き着いてきた。慌てて張り倒す。 「いってえ!」 「ちょっと、あんたいきなりなんなのさ!?」 尻餅を着いた男は頭を掻いて嘆息した。 「なんだよーも〜。こんないい男を忘れちまったのか?」 「…え…?」 改めて男を見る。綺麗な顔の男だった。紅の髪は長く、三編みにしている。目は、見覚えのある、くすんだ青…。 「…ゼロス…? あんた、もしかしてゼロスかい?」 「あったり〜。久し振りだな。6年振りか?」 よっ、と勢いをつけて立ち上がる。 「…うん、久し振り…」 しいなはまじまじとゼロスを見る。 昔から整った顔だとは思っていたが、大人になった彼は想像以上だった。これでは、とめどなく流れてくる数々の浮名も頷ける。 「どうした? そんな熱い目で見つめちゃって。惚れ直した?」 「べ、別に惚れてないよ! あんた、性格変わったんじゃないのかい?」 「まあな、6年も経ちゃあ変わるだろ。おまえも変わったな。俺好みの美人になった」 「ばっ…」 しいなの耳が赤くなる。 「うんうん、胸も育って…あだっ!」 「殴るよ!!」 「…中身は変わんねーのな、おまえ…」 ゼロスは苦笑いした。 「うるさい。…って、あんた、それ…?」 しいなはゼロスの胸に赤く輝く宝石を指さした。 「ん? ああ、そう。16んときに正式に神子として即位したから、そのときに」 「それが、あんたが産まれたときに握ってたって…確か『クルシスの輝石』?」 「…いや。これはただのエクスフィア。クルシスの輝石は……妹に預けてる」 「へえ、そうなんだ」 ゼロスはほっとした。相変わらず鈍い女のようで助かる。 「っつうか、おまえ、城に用事があったんじゃねーの?」 「あっ!」 「大丈夫かよ」 「ごめんっ! あたし、行かなきゃ!!」 ゼロスは再び苦笑いした。 「気にすんな。行ってこいよ」 「うん、じゃあね!」 言いながらきびすを返すしいなに、ゼロスは手を振りかけ、ふと思い出したように呼び止めた。 「あ、しいな!」 「なに!?」 |