「ありがとう」
 数々の料理から、シェフは食べやすいものや好物を少しずつ取り分け、一枚のプレートに盛りつける。ゼロスはそれを受け取り、いただきます、と食事を始めた。
 シェフはデザートにと一口大に切り込みを入れたメロンを用意する。彼の一番の好物だった。そして、小さな主を見つめていた。
 ゼロスは感謝した。自分は大丈夫。見守ってくれている人はたくさんいる。しいなやセレスだけではない。屋敷の使用人たちも、精一杯のあたたかさで包んでくれた。

 その矢先のことだった。
「…いそうに」
 腹も満たされ部屋に戻る途中、メイド長の声を聞いた。だいぶ前に死んだ父よりも年上の女性。ゼロスはこの女性を苦手としていたが、母の名を聞いた気がして足を止めた。
「あなたも知っているでしょう、セバスチャン」
 会話の相手はセバスチャンだった。ゼロスは聞き耳を立てる。
「神託でマナの一族と認められたばっかりに、こんな死を迎えてしまうなんて」
 メイド長はややわざとらしい涙声だった。
「滅多なことを言うものでは…」
「いいえ。ミレーヌ様には婚約者がいたそうではありませんか」
 え? ゼロスは肩を強張らせた。そんな話は知らない。
「周囲の期待を裏切れずに嫁いだはいいものの、神子さまの裏切りに遭い、その愛人に殺されるなんて…」
 血の気が引いた。父の裏切りは解る。セレスのことだ。そのセレスの母があのハーフエルフを雇い、母の命を奪った…?
 動揺に震えた。
「このような話、誰かに聞かれでもしたら…」
 セバスチャンの否定はない。事実なのだ。逃げ出したい気持ちに駆られ、ゼロスは部屋に向かった。

 ドアをノックすると「開いてる」とすぐに返事があった。
「失礼します」
 セバスチャンはいつものように頭を下げながら入る。法衣をまとったゼロスは窓の外を見ていた。
「そろそろお時間ですが…」
「セバスチャン」
 言葉を遮られる。
「はい」
「さっき、メイド長と話していたね」
「……!」
 沈着冷静な執事はうろたえた。
「あれは、本当のこと?」
「そ、それは…」
 言葉を濁す。ゼロスはゆっくりと振り返った。
「本当なんだね?」
 哀しむような、怒りを含むような瞳。強く、弱々しい光。セバスチャンは観念したように静かに息を吐いた。
「…はい」
「何故、母上が殺されなければならなかったのか…。詳しく…説明してくれる?」
「……はい」
 この賢く勘のいい少年をごまかすのは無理だ。そう悟り、セバスチャンは話し始めた。
「…ミレーヌ様は、平民の出でございました。結婚を約束した婚約者がおりましたが、あるときマナの一族に選定され、神子さまの妻にと嫁いで来られました」
 ゼロスは相槌を打ちながら話を聞く。
「そして、ミレーヌ様はゼロス様を…神子の宝珠を握り締めた次期神子をお産みになられました。それから数年経ち、神子さまの不貞によりセレス様がお生まれになります。セレス様は神子の宝珠を持たず、いち貴族の娘として暮らすことになりました」
 セバスチャンはゆっくりと言葉を選び、説明する。
「…セレス様のお母様は、愛する神子さまがミレーヌ様に奪われたことと、愛する神子さまとの間に生まれた我が娘が神子の資格を持たず、ゼロス様が次期神子となられることに…不満を抱いておられました」
 ゼロスの唇が震え出した。
「そして、このような凶行に…」
「まっ…待ってよ」
「…はい」
「もしかして、狙われていたのは…ぼくなの? だって、そうだよね? ぼくがいなくなれば、セレスは父上の血を引くただひとりの存在になるのだから…」
 セバスチャンは答えない。否、答えられなかった。

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