涙が引いても、ゼロスは離れなかった。自分は床に膝をつき、しいなをソファに座らせてその腿に頭を乗せていた。しいなは黙って髪を撫でている。時々、ゼロスが腕に力を込めて抱きしめてくるたびに、しいなも前屈みになって抱き返した。 不意に、ゼロスが呟いた。 「ありがとう、しいな…」 「…いいよ、礼なんて」 「また、ぼくが泣きたくなったら…来てくれる…?」 その問いに、しいなは言葉を濁した。 「あのさ…、そのことなんだけど」 ノックの音。ふたりは顔をそちらに向ける。 「…セバスチャンか?」 「はい」 立ち上がろうとするしいなを制し、小さく溜息をついてからゼロスは立ち、膝を軽くはたいた。 「…開いてるよ」 「失礼します」 ドアを開き、セバスチャンはすぐにしいなを見た。 「…しいな様!? なぜ、どうやってここに…?」 「彼女のことは不問だ。…いいね?」 淡々と告げるゼロスに、セバスチャンは畏まる。 「はっ…、失礼致しました」 かえって、なんだか悪い気がしてしまう、としいなも畏まってしまった。 「しいな、悪いけど…行かなきゃいけないみたい」 ゼロスはしいなを見つめる。立ち上がったしいなの手をそっと握り、名残惜しそうに放した。 「…あ、うん、あたし、帰る…」 「ごめんね」 「ううん、謝らなくていいよ」 「気をつけて帰ってね」 「…うん」 ちいさく笑ったゼロスに、しいなは暗い顔をした。しかし何も言えないまま、窓を開く。 「…じゃあ」 「うん。またね」 ゼロスの言葉とほぼ同時に、しいなは跳んだ。初めて目の当たりにするセバスチャンはただ驚き、感嘆の声をあげてしまった。 しばらく見つめてから、ゼロスはそっとその窓を閉めた。 それから、ゼロスの周囲は目まぐるしく過ぎた。母親の国葬の準備や事件の究明に大人たちが走る。ゼロス自身はそれほどではなかったが、来客は途絶えず疲労を募らせていた。 そんなときにふと思い出す、ふたりの少女の顔。ひとりは初めて恋をした少女。もうひとりは、妹。 しいなはどうしているだろう。会いたい。 半分しか血は繋がっていないけれど、セレスも神子の子には違いない。身体の弱い妹の周囲も、こんなふうに慌ただしくしているのだろうか。会いたい。 国葬のために新調される法衣の採寸をしながら、ゼロスは気持ちを募らせていた。葬儀が終わったら会いに行こう、と。 しいなにも、セレスにも会いたい。しいなに、君がいたからもう大丈夫だと、セレスには心配しなくていいと伝えたかった。 しかし、そのどちらも叶うことはなかった。 夜が明けた。母の葬儀が執り行われる今日、朝早くから屋敷が騒がしい。ゼロスはカーテンを開けた。 晴れていた。小説などでは、葬式はいつでも涙のようにしとしとと雨が降っていたが、そうとは限らないものだな、と眩しそうに目を細める。雪からの光の反射は容赦なく視界を狭めた。 部屋を出ると、吹き抜けの下から見えるホールを使用人がせわしなく動いていた。ゼロスは厨房に向かう。 シェフはすぐにゼロスの姿を認め、うやうやしく頭を下げた。 「ゼロス様、おはようございます。今、朝食が仕上がりますからお待ち下さい」 「…そんなに食欲もないし、忙しいよね。軽くでいいからすぐ出してくれる? ここで食べるから」 「しかし…」 「いいから。命令! …ね?」 「…ゼロス様…」 少しふざけてみたゼロスの心を汲み取り、シェフも笑顔をつくる。 「承知しました、ゼロス様。でも立ちながら食べてはいけませんよ。そちらに私の椅子がありますから、座って待っていてください」 |