ぽかぽか陽気。命の芽吹く季節。 いつもの陸橋、手摺りに身を預けてぼんやり下町を見下ろす。この場所は好きだった。おばさんたちの笑い声や子供の泣き声、時々聞こえてくるおじさんたちの喧嘩の声。人々の生活を感じられる場所。自分は決して入ることの出来ない場所――。 ゼロスと初めて出会った場所でもある。ミズホの幼なじみであるくちなわやおろち達以来の、そしてメルトキオで出来た初めての友達。…もしかしたら、前に会ったときのような関係には戻れないかも知れない。 ついてまわる。ミズホの隠密だということも、精霊召喚師の資格を持つことも、咎人だということも。この街では尚更だ――しいなは溜息をついた。 もたれていた手摺りから身体を離し、両手はかけたまま背筋をぐっと伸ばす。そして、ふっと力を抜いたところで、不意に髪を引っ張られた。 「きゃ…」 振り向く前に、頭に何かが乗せられた。 「…やっぱり。髪下ろしてても可愛いね、しいな」 「ゼロス…」 髪を引っ張られたと思ったが、リボンを解かれただけらしい。視界の上に微かに赤と緑が見えるのは、花冠のようだ。桃色のリボンを持ったゼロスが屈託なく笑っていた。 「あんた…暇なのかい?」 しいなは呆れ果てた。ゼロスの態度が変わらなかったことが嬉しいのは確かだが、その行為には呆れるしかなかった。 「心外だな。暇つぶしにしいなと会うわけじゃないのに」 「たまたま会っただけじゃないか…」 「会いたかったから探してたの」 「……! か、返せ!」 むっとするゼロスに、しいなの頬がかあっと熱くなる。照れ隠しにリボンを取り返そうと手を伸ばしたが、ゼロスは手を高く上げて避けた。 「ちょっと…、リボン返しなよ!」 「もう少しくらいそのままでいてよ。薔薇の花冠、しいなには赤もよく似合ってる」 「……! あたしに花なんか似合わないよ! いいから返して!!」 「だめ」 ゼロスはつーんと横を向き、手は高く挙げたまま下ろさない。しいなはなんとか取り返そうと出来るだけ近寄り手を伸ばす。必死な様子にゼロスはふっと笑い、しいなの身体を抱きしめた。 「……!!」 「つかまえたっ」 「…や、ちょっと、やだ、離して!!」 「油断大敵だよね」 ぎゅーっと抱いてくるゼロスに、しいなはじたばたと暴れる。 「こら、ゼロス、離してってば!」 「しばらくそのままでいてくれるって約束出来る?」 「わかった、わかったから!」 「ん」 呆気ないほど、ぱっと離す。はあはあと真っ赤な顔で肩を上下させるしいなと対照的に、ゼロスは涼しい顔をしていた。それが余計癇に障る。 右ストレート。 「いったあ!」 「殴らないとは約束してないからね!」 「せめて顔はやめようよ、もー…」 頬を押さえてゼロスは溜息をついた。 手ぬぐいを湖に入れ、かたく絞って、ゼロスの左頬にあてた。 「…あ、気持ちいい」 「ごめん、こんなに腫れさせるつもりはなかったんだ…」 「ん、いいよ…いやまあ、よくはないけど。見た目より痛くはないよ」 しょぼんと頭を垂れるしいなを見て、ゼロスは苦笑いする。 「まあ…、次に殴るときは顔以外にしてね」 小さな頭をいい子いい子する。 「殴るのはいいの?」 「…あんまりよくない」 くすっと笑うしいなにホッと息を吐く。 「…ここ、前に来たときと景色が違って見える。草もずいぶん伸びたし、咲いてる花も違うし」 「秋になるとまた違うよ。紅葉がとても鮮やかで。冬は…少し寂しい感じになるね。メルトキオはそんなに雪が降る地域じゃないから」 「へえ…」 目を輝かせるしいなに、ゼロスはやわらかく微笑んだ。 |