「セバスチャンと約束しちゃったし…帰らなきゃ」
「…そうだね」
「寂しい? いてっ」
「誰が!」
 ゼロスは「またすぐ叩くんだから…」と苦笑いした。
「ぼくは寂しい。もっとしいなと一緒にいたい」
「……!」
 耳まで赤くして、やはりしいなは黙り込む。どう返していいかがさっぱり解らない。
「ぼくんちでごはん食べる?」
「え、い、いいよ、あたしも、研究所の人が用意してるし…」
「…研究所?」
「あっ!」
 しいなは自らの口を塞いだ。ゼロスのように鋭い人間なら気付いてしまったかも知れない。無意識に後ずさった。
「しいな?」
 しいなはわずかな涙を目に溜め、首をぶんぶんと横に振り、逃げるようにその場を後にした。
「しいな!」
 忍の駿足。影はすぐに見えなくなった。彼女が消えた方向には見当が付いている。
 ゼロスは嘘を付いていた。しいなを一目見たときに、ミズホの忍ということに気付いていた。そして、名前を聞いたときに、彼女が何者であるか解ったのだ。
 昨年のことだった。ミズホで、かなり多くの命が失われた大事故があったのた。公式には雷の精霊ヴォルトが暴走した故の大事故と発表されている。しかし、ゼロスは次代の神子として真実を知っていた。メルトキオにある精霊研究所で、召喚師の適性試験を通過した者がいたこと。それがミズホという隠れ里の頭領の一人娘だということ。わずか7歳の少女が精霊との契約に臨み、精霊を制御しきれずに暴走させてしまったこと。その少女は今、再び精霊研究所に預けられているということ。
 あの小さい肩に、どれだけ沢山のものが負わされているのだろう――それは、ゼロスにとっては同情ではなく、共感だった。
 …知らない振りをしていよう。次にしいなを見かけたら、いつものように脳天気に明るく笑いかけよう。
 ゼロスは振り切るように、足早に自宅へと向かった。



 味気無い食事。しいなは最近やっと慣れてきたナイフとフォークをのそのそと動かす。
「今日は食欲がないみたいだね」
 顔を上げる。研究員のひとりが優しく笑いかけてきた。
「…だい…じょうぶ。ちゃんと食べるから」
「無理はしなくていいからね。実験はかなり身体に負担がかかってるはずだから」
「…うん」
 身体のマナに直接干渉する実験は、確かに身体的に厳しい。
 それでも今は、精神面のほうが問題だ。こんな心では、どうしようもない。
 早く研究所での調査や実験を終わらせて、里のために働かなければ。償っても償っても償い足りないほどの罪がある。どんなに辛い仕事でも、どんなに厳しい任務でも請ける覚悟は出来ている。
 …気持ちを切り替えよう。
「ごちそうさま。あたしは午後から何をしたらいい?」
 研究員は少し驚いた表情をした。
「さっきも言ったけど、無理は禁物だよ?」
「大丈夫。あたし、早く故郷に帰りたいから」
 しいなの視線に、研究員は気圧されたように頷いた。



 つづく

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