お互いに片想い 〜POP STAR〜




 精霊研究所で、雷の人工精霊をコリンと共に撃破してすぐのこと。
 無二の仲間を手に入れたあたしに危機が直面していた。
「まったく! 今度は地と氷だって!?」
 研究員たちは懲りなかったようだ。あたしがコリンとの契約を成功させたのも、彼らが諦めなかった理由のひとつになったのかも知れないのだが。





 爆音。
 精霊研究所のほうからたくさんの人が流れて来る。男はその流れに逆らって走り出した。脇に差した剣を確かめる。
 途中、人だかりが出来ている路地に近付いた。怪我人がいるらしい。
「何があった?」
 声をかけると、まだ若い研究員は恐縮して経緯を説明しだした。
「地の精霊ノームと氷の精霊セルシウスを模した人工精霊が暴走してしまいまして…」
 ち、と舌打ちする。
「こないだ雷のやつが暴走したばかりじゃねーのか? なんで懲りずにそんなもん飼ってやがるんだ」
「そのとき、研究の協力者が他の人工精霊と契約に成功したので…、大丈夫だと思ったんです」
 眉を寄せる。
「協力者?」
 研究員は頷く。流れ落ちる血を手の甲で拭った。
「今、彼女が奴らを食い止めてくれています」
「彼女ぉ? 女性ひとり残して逃げて来たのかよ。情けねーな」
 うっと詰まる。
「しょーがねーなぁ。この俺さまが助けに行ってやるよ」
 紅の髪を揺らし、男は不敵に笑った。



「しいな! 大丈夫!?」
 コリンが心配そうに叫んだ。
「…なんとかね」
 瓦礫からはい出たあたしはボロボロだった。頭を強く打ったせいか、少しくらくらする。左のこめかみから血は流れているし、右の頬には凍傷がある。左腕は鎖帷子もボロボロで、右足は打撲傷があった。
「さすがにきついねぇ…。でも、なんとかしなきゃ…」
 かろうじて形を保つ青と黄のふたつの光がゆらゆら揺れている。限界は近い。せめてうまく相殺しなければ、この建物が吹き飛ぶだけでは済まなくなってしまう。
 青い光が素早く向かってきた。
「しまっ…!」
 護符を取り出すには、間に合わない。
「しいな!」
 コリンの声。あたしは目をつむった。死を覚悟した。

 金属音が鳴り響く。

「……?」
 恐る恐る目を開けた。最初、飛び込んできたのは紅の色だった。
「大丈夫かい? 黒い髪のお嬢さん」
 剣で氷精霊もどきの攻撃を弾いたのだと理解し、あたしは驚いた。そんなことが出来るものか?
 光たちとの間合いを気にしながら振り向いた男は、笑っていた。淡い、少しくすんだ青い目だ。
 あたしのこめかみや頬、腕などに優しく触れる。一瞬、何をされたのかわからず身構えたが、すぐに触れられた箇所が微かに光を放った。
 魔術。それも癒しの。
「あ…、ありがとう…」
 男は少し驚いたようだった。だがまたすぐににやりと笑う。馴れ馴れしそうだが、綺麗な顔の男だった。すぐに男は精霊に向き直る。あたしもそちらを向いた。
「お嬢さんが精霊使い?」
「…しいな」
「あ?」
「しいな。あたしの名前。お嬢さんはやめとくれ。あんたは?」
 男はふっと笑う。
「ゼロス」
 記憶からその名前を拾い上げる。かなり有名な男が該当した。容姿、性格、胸に光るエクスフィア…まず間違いなさそうだ。
「しいなちゃんね。覚えたぜ?」
 あたしは眉間にシワを寄せる。
「しいなでいいよ。呼び捨てで」
「俺さま女の子は呼び捨てにしない主義なのよ〜」
「…言い方を変えるよ。ちゃん付けは気持ち悪いからやめとくれ、ゼロス」
 男、もといゼロスは面食らった顔をした。それから愉快そうにふふんと鼻で笑う。
「おーけー、しいな」
 指で丸を作った。
「しいな、来るよ!」
 コリンの声。ゼロスの反応は早かった。向かってくる黄色い光に風の魔術を放つ。あたしも一枚の札を取り出し、印を結ぶ。たちまち札は黄色い光の動きを封じた。
 その間にもゼロスは青い光に一閃を食らわせた。青い光が一度大きく旋回したのが見えた。
「しいな!」
 再びコリンが呼ぶ。
「!?」
 地精霊もどきの動きを封じるのに精一杯で、あたしの対処は遅れた。
 ふわりと脚をすくわれた。肩を強く抱かれ、そのまま宙に浮く。あたしを抱き上げ、大きく跳んで攻撃をかわしたのだ。また助けられてしまった。
「あぶねーあぶねー。気を付けろよ?」
「ご、ごめん」
 こんな風に、誰かに抱き上げられたことなんてなかったから、あたしは妙に恥ずかしくなった。それを察してか、ゼロスはウインクする。
「お、降ろしとくれ」
 訴えにすぐ応じてくれた。小さく「残念」と呟くのが聞こえて、あたしの頬が熱くなる。
「あ、あんた、魔術が使えるんだろ?」
「ああ」
「風の魔術と…炎は?」
「ま、簡単なやつならな」
 こちらの出方を伺っている精霊もどきたちをちらりと見た。

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