驚いて少女のほうを見る。なぜ今ここにいるのか。何か言おうとしたが、何も言えない。
 彼女もまた、驚いた顔をしていた。それは、エルヴィンと近くにいる青年の顔が同じだからだろう。息をのんでいるのが、遠くからでもわかった。
「久しぶり、元気にしてた?」
 少女に気づいた青年が、嬉しそうに声をかける。どうやら知り合いらしい。
 少女に近づいていこうとしているのに気付き、エルヴィンは彼女の前に立ちはだかる。それを、青年は面白くなさそうに見ていた。
「邪魔しないでくれるかな。僕は、彼女に用があるんだ」
 先程までの人が良さそうな顔とは打って変わり、冷めた目でエルヴィンを見る。射抜くような青年の瞳に、エルヴィンとクリスは言い知れぬ恐怖を感じた。
 しかしそれも一瞬のこと。再び、青年は人の良さそうな笑みを浮かべる。それは、少女に向けているものだ。
 エルヴィンはちらりとクリスのほうを見る。彼女は、小刻みに震えていた。会いたくない人物なのだろう。そして、震える彼女の唇から言葉が漏れた。
「ミエス……」
 青年の名前だろうか。一瞬、クリスに声をかけようとしたが、青年の声にかき消された。
「覚えてくれて嬉しいよ」
 再び嬉しそうな声を出す。近くにはエルヴィンがいるはずなのに、そこに存在していないようだ。
 クリスに近づく青年の手を掴み、行動を阻む。彼はエルヴィンに掴まれた手を振り払おうとはせず、ただ冷めた目でエルヴィンを見るだけだった。
「……人を探してると言ったな。その探し人が見つかったらどうするつもりだ」
 知らずに低い声が出る。普段のものよりも感情がこもった声だった。
「連れ帰るよ?」
 無視されるかと思ったが、答えは返ってきた。その声は何も感じさせない無機質なものだったが、気にならない。それよりも、今はこの状態をどうするかということしか頭になかった。
 青年の腕前がわからず、手出しができないためにただ時間だけが過ぎていく。青年の腕を握る手が、知らずに強くなっていた。
「この手、離してくれないかな」
 青年が、エルヴィンに言う。少し苛立っているような気がした。
 それでも、エルヴィンは離す気などない。彼の手を離したら、どうなるか考えなくてもわかる。
 クリスは、固まったように動かない。エルヴィンと青年のことを、目を逸らさず見ていた。
 ふと、青年の体が動く。なんと、彼は反対の手でエルヴィンの目を狙ってきたのだ。咄嗟のことだが、顔を後ろに反らすことでなんとかかわす。突然の反撃に驚くが、それでも手を離さなかった。
 まさかいきなり目を狙ってくるとは思わなかった。手を掴んだだけでは、相手の行動を阻むことなどできない。
 焦るエルヴィンに対し、青年は涼しげな顔をしている。先程の攻撃が避けられたというのにだ。どうやら、何か他にも対策があるらしい。
 青年の行動が読めず、エルヴィンは動けない。ただの一般人ならエルヴィン一人なら歯牙にもかけないだろう。
 しかし、この青年はかなりの手練れだ。どれほどの腕前かはまだわからない。だが、手を一瞬でも抜いたら終わりだということはわかるのだ。
 どうしようかと考えていると、急に青年がもういいや、と呟く。どうしたのかと思ったが、瞬時に掴んだ手を振り払われた。
「場所がわかったんだ。別に、今日じゃなくてもいいや」
 手が離れたのと同時に、青年はエルヴィンから数歩離れる。あとを追おうかとも考えたが、今はそれよりもクリスのことだ。青年から間合をとり、クリスに近づく。青年はそれをただ笑って見ていた。
「また会いに来るよ。そしたら、今度は一緒に帰ろうね?」
 じゃあね、と言い残して青年は背を向ける。後ろを見せているのに、隙が感じられなかった。
 青年の姿が見えなくなると、エルヴィンは小さく息を吐く。なんとか今をやり過ごすことはできた。
 しかし、これからのことを考えると楽観することなどできない。クリスが狙われていることがわかったのだ。対策をたてないといけない。
 クリスに声をかける。すると、少女はびくりと体を震わせた。大丈夫かと聞くが、返事はない。彼女は、青年が去って行った方をただ見ていた。
 しばらくは、彼女は動けなかった。ただ、恐ろしさに身を震わせている。エルヴィンは、それをどうすることもできなかった……。

 外は暗く、星が見える。もう夜も更けていた。あれからしばらく動けなかったクリスをなんとか軍の寮へと促す。そして、二人でエルヴィンの自室へと入った。とりあえず、今はクリスを一人にさせたくなかったのだ。
 そして、これからのことについて話し合おうと思ったとき。顔を俯けてクリスが、ぽつりと呟いた。もう、逃げられないのかな、と。
「大丈夫だ。俺が守るから、安心しろ」
 クリスを見て言う。しかし、言葉だけでは、そして先程のことを考えては信じられないだろう。それでも、今はただ少女を安心させたかった。不安を取り除いてあげたかった。その理由は、今はわからなかった。
 エルヴィンの言葉に、顔をあげる。その目は、やはり不安気だ。それでも、大丈夫だと思ってほしくて、慣れない笑顔を作る。どうにか、笑ってほしかった。
 それを見てか、クリスのこわばった顔が少し緩む。無理して笑わなくていいのに、と少し困った顔で笑った。
 それに少し安心する。なんとか、表情が和らいだ。それが、なんだか嬉しい。彼女には、暗い表情より明るい表情が似合う。
「ありがとう。エルがいてくれて、よかった」
 柔らかい表情だった。優しい、声だった。それがなんだか照れくさくて、エルヴィンはクリスから目を逸らす。
「とりあえず、聞きたいことがある」
 気持ちを切り替える。逸らした顔を戻し、再びクリスに向く。このまま和やかに過ごしたいが、そうもいかない。これからのことを考えて、エルヴィンは苦々しい気持ちになった。
 そして、クリスの顔が再びこわばる。それに対し申し訳なく思う。笑ってほしいが、彼女にとっては難しいのだろう。
 なに、と聞いてくる少女に、エルヴィンは少し間をあける。聞きたいことは色々ある。しかし、何から聞けばいいのかわからない。こういった、人から何か情報を聞くのが苦手なのだ。話しの上手な友人から、情報をうまく聞き出す方法を真面目に聞いておけばよかったと後悔した。
 後悔しても始まらない。そう開き直り、エルヴィンはとりあえず気になることから聞くことにした。
「あの男とは知り合いなのか。あいつの名前を言っていたが」
 先程のことを思い出しながら尋ねる。確かあのとき、男の名前を言っていた気がするのだ。
 その問いに、クリスはこくりと頷いた。名前を聞く。うまく聞き取れなかったのだ。クリスは一度悩むが、意を決したように言葉を発した。
「ミエス。ちょっとした、顔見知り」
 言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと言う。それを、エルヴィンは聞き逃さないようにしていた。
 ミエス。その名に覚えはない。しかし、向こうはエルヴィンのことを知っていた。何かを、向こうは知っている。しかし、今はそれを考える時ではない。
「もう一つ聞く。お前は、ここに来る前何をしていた」
 エルヴィンの声も緊張する。なんとなく、震えているのが自分でもわかった。聞かなければいけないのに、聞きたくない。そんな気持ちだ。
 しかし、その問いにクリスは答えない。小さく首を振る。そして、覚えてないとただ呟いていた。
 嘘だとわかる。しかし、クリスは答えるつもりがないのだ。今は無理して聞く必要もないと判断し、エルヴィンはそれ以上は問い詰めなかった。
「お前は、どうしたい」
 クリスの気持ちが知りたい。なんとなくそう思い、声にする。クリスは少し目を大きくすると、小さくここにいたい、と言った。
「私は、ここにいたい。ここで、エルたちと過ごしたい」
 それで十分だった。エルヴィンは、そうかとただ言う。そして、これからのことをどうしようか考え始めた。



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