二人がいなくなった後、エルヴィンは店内を見て回る。様々な衣装があり、少々気圧されてしまう。そして、なんとなく見ているだけで疲れる感じがした。
 エルヴィンは、基本的に実用性を重視したものを好んでを選ぶ。軍服を着ていることが多いためだ。
 居心地の悪さを感じながら待っていると、奥へと消えた店主とクリスが現われてくる。どうやら着替えが終わったらしい。
 クリスが今着ている服は、シンプルなエプロンドレス。淡い髪と瞳の色に合うようにか、服の色も淡い色で揃えられていた。
 数分前まで着ていた薄汚れた服と比べると、だいぶ見られるようになっている。心なしか、顔も明るくなったような気がした。
 不安気に見つめる少女と目が合う。特別感じることもなかったので、エルヴィンはただいいんじゃないかと言うだけだった。
 店主が呆れたような顔をしたが、気にしない。店主は他に何着か服を持っている。これからまた着せ替えようとしているのだろう。今彼女が着ているものより華やかだった。
 これ以上はここにいる必要はないと思い、エルヴィンは少女が着ている服と店主が持っている服、そして何着か適当に選んだ服を買うことを伝える。店主の女性は少し不服そうな顔をしたが、すぐに笑顔になりありがとうございますと答えた。そして商品を手に奥へ戻り、服を包み始めた。
 クリスは変わらず不安そうであったが、大丈夫だと言う。その言葉に安堵したのか、クリスは不安そうな表情を少し和らげた。
「似合ってるな」
 なんとなく言った言葉だが、クリスには聞こえたのだろう。少し頬を赤らめ、ありがとうと呟いた。
 服の梱包を終えた店主の女性がエルヴィンのもとへ来る。女性が商品を手渡すと、エルヴィンはかわりに金を女性に渡した。
 世話になったと伝えて、エルヴィンはクリスの手を取り店を出る。後ろから、店主のありがとうございますという声が聞こえた。

 服屋を出てから、エルヴィンとクリスは他に必要になりそうなものを買った。少女が必要なものが何かわからないため、エルヴィンは逐一聞いていた。それに対しクリスは多分いる、多分いらないと曖昧な返答をする。その返答に少し苛立ちを覚えたが、エルヴィンも何を買えばいいのかわからないため文句は言わなかった。
 様々な店を巡り、日が真上にのぼってから少し経った時間。エルヴィンの隣を歩いていたクリスが彼の服の裾を軽く引っ張った。何事かと思い少女のほうへ目を向けると、彼女は小さくお腹すいたと言う。確かに、お昼時ではある。午前中だけでもたくさん歩いたのだ、そろそろ休憩も必要だろう。
 わかったと少女に返答すると、エルヴィンは近くにあった飲食店へ入る。ちょうどお昼時ではあるが、ピークは過ぎたのか人は多いが待つほどではない。すぐに案内されると、エルヴィンとクリスはメニューを見た。
 二人で適当に注文し、きたものを無言で食す。周りは賑やかではあるが、二人の場所だけ空気が静かであった。
 食べ終わり、一息つく。エルヴィンは、これからクリスをどうしようかと考える。今日の予定ではない。明日以降のことだ。
 上司から少女の世話を任されたとはいえ、常に一緒にいることはできない。エルヴィンは、仕事がある身だ。だからといって少女を放置するわけにもいかない。部屋にこもりきりというのはクリスに良い影響を与えないだろう。しかし、エルヴィンのもとを勝手に離れても困る。どうしたものか。
 なんとか考えているとき、ふと思いつく。確か、それなりに仲のいい者によると、厨房は今人手が足りないと言っていたか。上司からは、面倒をみろということ以外何も言われていない。寮の厨房なら、目の届く範囲ではあるし何かあったときに対処もできるだろう。
 一人納得し、エルヴィンはクリスに聞く。彼女のことなのだ、クリス自身に聞かなくてはならない。
「住んでるところの厨房で、今人手が足りないらしい。もし暇なら、そこで手伝いをやらないか」
 わずかに緊張し、声がうわずる。彼にしては珍しいことであった。
 そんなエルヴィンの些細な変化に気づいていないのか。少女は、不思議そうにエルヴィンの話しを聞いたあと少し考え込む。しかし少しの思案の後、クリスはやや遠慮がちにいいのかと尋ねてきた。
 ただ訊いてみただけだ。やりたくなければやらなくていい。そう言うと、クリスはやりたい、と呟いた。
 これからのことが決まった。あとは、それに対し必要なことをするだけだ。方向性が決まったことにより、エルヴィンは少し心が軽くなる。
 気づくと、店の中は人が少なくなってきていた。もう十分休んだだろう。クリスに声をかけて、エルヴィンは店を出る。外は寒いが、いい天気だった。

 必要なものを買い終えて、寮へと戻る。ふと、誰かに見られてるのを感じてエルヴィンは振り返った。遠くから、自分と同じ金の髪と緑の瞳をした男と目が合う。心なしか、鏡を見ているように似てるのを感じた。
 しばらく見ていると、似た顔をした男は何かを呟く。そして、視線を外し雑踏の中へ消えた。なぜだかわからないが、心がざわつくのを感じる。これから、何か嫌な事が起こりそうだ。
 後ろを振り返って動かないエルヴィンを心配してか、クリスが心配そうに声をかける。それに対しなんでもないと答えると、クリスはただそう、と言うだけだった。
 彼は、何を言っていたのか。なんとなくではあるし、聞こえたわけではないのだが。『やっと見つけた』と言ってる気がした。
 エルヴィンは考えていたためか、隣を歩くクリスの体が小さく震えているのに気づかない。二人は、そのまま寮へと戻って行った。

 エルヴィンを見ていた男は、人が多い中を何もぶつからずに歩く。強い意志を持った目は、どこか狂気をはらんでいる。エルヴィンと『同じ』顔をしているが、雰囲気はまったく違う。
「やっと見つけた……」
 それは、誰に対して言ったものか。知るのは、言葉を発した男のみであった……。

 寮へ戻ると、エルヴィンはクリスのこれからのことについて動く。厨房で働かせたいことを伝えると、彼らは大喜びだ。どこで嗅ぎつけたかわからないが、寮に住まう者たちも何故か喜んでいる。
 クリスが住まう部屋についても考えた。さすがにエルヴィンと一緒の部屋では、間違えが起こることがなくとも噂好きの者たちが何をいうかわからない。恐らく成人前だと思われる少女に変な噂がたつのは考えものだ。一応軍には女子寮があるため、クリスにはそこに移ってもらうことにした。
 必要なことが一通り終わり、自室で休む。急に伝えたためか、まだクリスの部屋は用意できない。今日はまたこの部屋を使う必要があるだろう。
 クリスを見ると、彼女はベッドの縁に座り足をぶらぶら揺らしている。目線は、沈みかけている日が見える窓にあった。
 今日はどうだったかと聞こうとした。聞いたところで何がどうなるわけでもないのに。こんなことは今までないはずだ、この心境の変化は何だろうか。考えても、答えは出なかった。
 日が完全に沈みきるまでの時間。エルヴィンはクリスと一緒に、空の色が変わるのを眺めていた。夕飯の時間となる。そろそろ夕飯を持ってこようかとエルヴィンが椅子から立ち上がるった。すると、クリスも一緒に行くとでもいうように立ち上がる。
 それを仕方ないとでもいうように見て、クリスを誘う。彼女はこくりと頷くと、一緒に部屋を出た。
 その部屋の様子を、二人が見ていた窓から一人の男が覗いてたのも知らず……。

 二人の出会いは仕組まれたものか、偶然か。これから起こることに、気づくものはいない……。



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