その後も特に何か進展があるわけでもなく、パーティ当日となる。
 仕事で行くため、身なりをそれなりに整えた。エルヴィンにとっては滅多にない出来事のため、少し緊張する。
 シルヴェスターに挨拶をしてから、エルヴィンは王宮へ向かった。王宮へ向かう途中でも、クリスのことを探しながらだ。クリスが今どうしているのか、エルヴィンは気になって仕方がなかったのだ。
 招待状を提示し、エルヴィンは王宮へと入る。初めて中に入る王宮は、エルヴィンが想像した以上の広さであった。思わず、感嘆の声が上がる。
 奥へ進むと、広間が見える。広々としたその空間には、すでに人が多くいた。
 エルヴィンは、そっと壁際へと行く。こういう空気は、苦手なのだ。エルヴィンは、人々の様子を離れた場所で見ることにした。
 ざっと見た感じではあるが、どうやらこのパーティには様々な身分の者たちが来ているようだ。貴族は当たり前のことだが、平民と思われる者たちもいる。この場に様々な人がいることを不思議に思いながら、エルヴィンは観察を続けていった。
 しばらくすると、広間の扉が閉じられる。どうやら、これから始まるらしい。
 賑やかな音楽が聞こえ、騒々しかった人の声は瞬時に聞こえなくなった。そして皆、一斉にとある場所を見始めた。
 そこには、国の偉い人たちが集まっている。どの人も、顔を見たことがあった。
 司会と思われる人物が、今回のパーティを開いた理由を説明する。今回は、王の生誕祭だ。しかし、王がいると思われる玉座には薄布がかけられており見えない。本来なら、御姿を見れるはずだ。何かが、おかしいと思った。
 国の重鎮たちが、一人一人挨拶をする。エルヴィンは、それを適当に聞き流していた。
 挨拶が終わると、また騒がしくなる。あとは、みんな好きなように過ごすようだ。広間には音楽が流れており、中央は踊れるようにあけられている。周りには、テーブルが置いてありそこには様々な料理が置かれていた。
 エルヴィンは、踊る気も食べる気もおきずただ辺りを見ている。もしかしたらクリスがいるかもしれないとかすかな望みを持っていたが、それも徒労に終わったようだ。
 適当に挨拶をしてあとは帰っていいと言われたため、エルヴィンはそうしようと動く。人が多い一角があり、そこに国の重要人物がいるのだろう。彼らに、シルヴェスターのことを含めて挨拶をしようと思った。
 ふと、クリスに似た少女を見つける。もう一度、少女がいたと思われる場所を見る。目を凝らしてみたが、彼女はいずこかへと消えてしまった。
 彼女がいたと思われる場所に行く。もしかしたら別人かもしれない。しかし、エルヴィンには確信があった。彼女がクリスだと。
 広間を必死に探す。しかし、彼女の姿は見えなかった。
 諦めようと思った時、再び同じ少女の姿が見える。今度は、見逃さないようにしながらエルヴィンは必死に追いかけた。思いの外、少女の足は速い。それでも、追い付けないほどではなかった。
 少女は広間を出る。エルヴィンも後に続いた。向かっている先がどこかわからない。しかし、今は彼女を追うこと以外何も考えられなかった。
 ふと、外に出る。どうやら、王宮の裏庭らしい。少女を再び見失い、エルヴィンは途方にくれた。
 裏庭は、人が少ない。先ほどまでいた広間より、熱気が落ち着いている。しかし、風は冷たかった。
 少し疲れた体を休めようと思い、近くにあったベンチに腰掛ける。またしばらくしたら、少女を探そうと考えていた。
「こんにちは」
 突然、後ろから声をかけられる。
 エルヴィンは、その声の主がわかっていた。
「……ミエス」
 忌々し気にその名前を呟くと、ミエスは面白そうに笑った。
 振り返り、ミエスを見る。ニヤニヤとエルヴィンを見下すように見ているミエスも、正装をしていた。
「そんな怖い顔をしないでよ。話し辛いじゃないか」
 エルヴィンはミエスを睨みつけるが、ミエスはそんなことなどお構いなしであった。
 正直、今はあまり話したくない。しかし、彼はクリスを連れ去った張本人だ。ミエスに聞きたいことはある。だからこそ、無視するわけにはいかなかった。
「クリスはどこにいる」
 自分でも驚くほど、いつもよりも低い声が出る。それでも、ミエスが気にする様子は一切ない。むしろ、エルヴィンの様子をさらに面白がるようであった。
「諦めてないの? 往生際が悪いんだね」
 それはお前じゃないかという言葉を飲み込む。確かに、クリスのことを諦められないのは事実だからだ。
「彼女はね、今家にいるよ」
「家……?」
 ミエスが、エルヴィンの問いに答える。それに、エルヴィンは思わず聞き返してしまった。
「そう、家だよ。彼女にも家があるんだ。この間、逃げちゃったけどね」
「お前は、彼女の家を知ってるのか……?」
 聞かずには、いられなかった。少しでも、クリスの情報をミエスから聞き出したかった。
「知ってるよ。僕は、彼女の昔を知ってるからね」
 ミエスは、面白そうに話す。それを、エルヴィンはどうすべきか悩みながら聞いていた。
 ミエスから彼女の住処を聞き出すべきか、それとも違うことを聞くべきか。
「でも今回は、そんなことを言うために兄さんに会いにきたわけじゃないんだ」
 ミエスが、エルヴィンの座っているベンチの隣に座る。やれやれとでも言うように、ミエスは苦笑していた。
「今日はね、昔話をしにきたんだよ」
「昔話……?」
 いったい何を言ってるのかわからず、エルヴィンは聞き返す。ミエスは、にっこり笑ってそうだよ、と答えた。
「僕と、兄さんの昔話」
 もしかしたら、兄さんにとっては辛い話かもな。そう笑いながら、ミエスは喋っていた。ミエスは、エルヴィンの反応を楽しんでいた。
 ミエスから、クリスのことを聞きたい。しかし、ミエスは自分の過去も知っている。どちらも、エルヴィンにとっては気になるものだった。
「……それよりも、クリスのことだ。彼女は今無事なのか」
 それでも、クリスのことが知りたかった。彼女の無事な姿を、しかと見たかった。
「やっぱり彼女のことが気になるの?」
 うんざりしたように、ミエスは言う。しかし、エルヴィンはミエスの様子は気にならなかった。
「俺は、彼女の無事が知りたいんだ」
 ミエスをしっかり見て、エルヴィンは言う。ミエスは、少し黙ったあとため息をついた。
「彼女は無事だよ。家にいる限りは多分安全じゃないかな」
 遠くを見ながら、ミエスは言う。
「その家はどこだ。そこは、本当に安全なのか」
 信じられず、エルヴィンは問う。ミエスは、不機嫌を隠そうとせず答える。
「安全だよ。だって、彼女の家はここだからね」
「ここ……?」
 ここは王宮だ。ここに住んでいるのは、王族か、そこで働いている者たちに限られる。
「『彼女はここで働いていたのか』、でしょ? 答えは『ノー』だよ」
 エルヴィンの反応が面白かったのか、ミエスは愉快気に言う。エルヴィンは余裕などなく、ミエスの言っていることが理解できない。
 王宮住まいではあるが、そこで働いているわけではない。それはつまり。
「兄さんは、五年前の出来事を知ってるかい?」
 五年前。エルヴィンが軍学校を出て働き始めた頃合いか。ミエスが言うのだから、恐らく大きな出来事だったのだろう。必死に、思い出そうとする。
「王の落胤が見つかったことか……?」
 思い出し、ぽつりとつぶやく。ミエスは、それに満足して頷いた。
「そう。昔、王が城外へ行ったときに出来た子がいた。それが、五年前に見つかった」
「その子供は、今はどうしてる」
「王宮で暮らしてるよ。母親死んじゃったみたいだし、まだ子供だったし」
 聞きたいことは色々ある。それでも、核心に触れるのが怖かった。
「どうしてその子供が王の子だとわかったんだ」
「その子の母親が、王から一品物をもらったみたいでね。それを見て、王は確信したらしいんだ」
 ミエスは答える。エルヴィンは、それ以上聞こうか迷っていた。しかし、ミエスは続けていく。エルヴィンが触れようとしなかったことを。
「もうわかったでしょ? そう、その五年前に見つかった王の落胤が、クリス――正式な名前はクリスティーヌ・ベルという王女なんだよ」
 ――クリスが、この国の王女だと、信じられなかった。



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