目を覚ますと、ベッドの上だった。なぜここにるのかと思い出そうとして、腹に鈍い痛みを感じる。
 うまく呼吸ができず、エルヴィンは浅い呼吸を繰り返す。何度か呼吸を繰り返したあと、少し落ち着いてきた。徐々に痛みも落ち着いていく。エルヴィンは、ゆっくりベッドから起き上がった。
 ここは、今滞在しているファウレン村の宿屋だ。そして今この部屋には、エルヴィン以外誰もいない。他のものは、おそらく先ほどの襲撃の後始末をしているのだろう。そのことが、少しありがたいような、複雑なような気持ちを感じた。
 近くの机に、コップと水差しが置かれてあるのを見つける。誰かがおいてくれたのだろう。それに感謝しつつ、エルヴィンは水を飲んで喉を潤した。
 外は、まだ明るい。窓から差し込む光を見ながら、エルヴィンは少し考える余裕が出てきた。
 意識を途絶えさせる直前までは、森にいた。近くには、自分とは双子だと名乗るミエスもいたはずだ。そこで、ミエスに蹴られ、殴られた気がする。しかし、それ以上はエルヴィンは思い出せなかった。
 今は、まだ冬が始まったばかり。外は、冷たい風が吹きつける季節だ。外で倒れていたら、寒さで凍えているはずである。しかし、今のエルヴィンは寒さを感じていない。今いる部屋が、暖かいからだろうか。
 また少し余裕が出てきて、エルヴィンは他にどこか怪我がないか体を見る。幸い、怪我らしい怪我は見当たらなかった。痛みは、ミエスに思いっきり蹴られた腹くらいだ。
 ベッドの脇に、立てかけられていた自分の剣を見つける。それを手に取り、エルヴィンは自身の腰につけた。これがないと、なんとなく居心地が悪くなる。
 必要な物を確認して、部屋を出る。まずは、情報を集めたいとエルヴィンは思った。
 廊下に出ると、すぐに部下を見つける。声をかけると、彼はエルヴィンが起きてきたことに安堵したのか、ほっとしたような顔をした。
 聞くところによると、いなくなったエルヴィンを彼が探していたらしい。そして、森で倒れていたところを発見したと。
 自分が倒れていた時、他に誰かいなかったかとエルヴィンは尋ねたが、部下はただ首を振るだけだった。
 どうやら、ミエスは逃げたらしい。捕まえられなかったことに悔しさを感じる。彼を捕らえられれば、レジエンテの有用な情報を得られたかもしれないと思ったのだ。
 あんなことで、取り乱すのはなんとなく情けないと感じた。ただ、自分の過去を知っているかもしれない人物に会って、少し揺さぶりをかけられただけで。これほどまでに、自分は思い出せない過去を気にしているのだろうか。
 黙ったエルヴィンに、部下が不安げに大丈夫かと聞いてくる。エルヴィンは問題ないと告げるが、部下はそれでも心配そうな顔をしていた。
 部下の心配をあえて無視し、エルヴィンは他に気になっていることを尋ねる。今のファウレン村の状態、捕らえた者たちのこと、そして負傷者について。
 部下は諦めたようにエルヴィンの質問に答えた。ファウレン村は、最初混乱していたみたいだが現在は落ち着いているとのこと。レジエンテの襲来を助けてくれたことを、感謝しているようだった。捕らえた者たちは、エルヴィンが離れる前に伝えた指示に従いそれぞれ別の場所に捕縛しているとのこと。逃げ出さないよう、かつ自殺しないよう何名かで見張りをしている。負傷者は、ファウレン村の者が手当てをしているらしい。大きな怪我でもないので、すぐに動けるだろうとのことだ。
「今回のこと、誰か上に伝えたか?」
 ミエスを追っていて指示することを忘れていたことを思い出す。それを部下に聞いてみたが、彼はきょとんとした顔でエルヴィンを見ていた。
 恐らく、誰も伝えに行ってないのだろう。溜め息を吐きたいのを堪えつつ、エルヴィンは指示を出す。このことをすぐに上のもの、あるいは元帥に伝えるようにと。部下は、わかりましたと言うと慌てて駆けだす。エルヴィンは、去っていった部下をただ見るだけだった。

 外は、変わらず冷たい風が吹いている。しかし、皆寒さを感じさせずに動いていた。
 気づいた部下が、エルヴィンに近づいてくる。体調を気遣う言葉に返答しながら、エルヴィンは現状を聞いた。
 聞いたものは、先ほどの部下とあまり変わらないものだった。エルヴィンはそれにお礼を言い、捕虜のところへ向かおうとする。恐らく、見張りの者が見張りついでに情報を聞こうとしているだろう。その者たちに、何か有用な情報を聞けたか尋ねたかった。
 歩いていると、村人たちがこちらを見ている。見ているだけで、何も言わない。そのことに、エルヴィンは何も思わない。ただ、この村を救うことができてよかったとは思っている。
 ふと、少年が近づいてエルヴィンを呼び止める。仕方なく歩みを止め、少年のほうを向く。少年は、エルヴィンをこわばった顔で見つめていた。
 何をするのかと思っていると、少年がありがとう、と言った。
 虚をつかれ、エルヴィンは一瞬戸惑う。しかし、すぐに理解して何でもないように適当に返事をしてしまった。
 おそらく、他の村人も同じ気持ちなのだろう。彼らの気持ちをわかってしまい、エルヴィンは少し気恥ずかしかった。
 先へと進み、エルヴィンはとある馬小屋に着いた。今は使われていないといううまごやを借りたらしい。適度な広さの小屋は、捕虜を入れるのにちょうど良い気がした。
 一応声をかけ、中に入る。そこには、動けないようにされた捕虜と、情報を聞き出そうとしている部下たちがいた。
 どうかと部下に尋ねてみるが、部下たちは首を横にふって思わしくないことを暗に告げた。
 エルヴィンは小さくため息をつくと、彼らの間を横切るように奥へと進んだ。
 奥には、捕らえた者がいる。様々な手段を用いて情報を引き出そうと部下たちが試みているが口を閉ざしていた。
 エルヴィンも、何かしようかと考える。しかし、もうすでに部下たちが色々とやっているのだろう。もしかしたら、情報を吐いていないのはここにいるやつだけかもしれない。部下に適度に休むよう告げ、エルヴィンは他の捕虜がいるところへと向かった。

 全てのところへ回ったが、どの奴らも何も情報を教えてはくれなかった。気づくと、すでに日は暮れている。
 エルヴィンは、部下たちに明日ここを発つまで交代で見張るよう伝える。無理して情報を引き出さなくていいことも含めて。どうせ、時間はこれからできるのだから。
 そろそろ休まねばと思い、エルヴィンは宿へと戻る。途中、村人が先程と同じように遠くから見ていることを感じる。この村は、軍を快く思っていない。しかし、先程助けられたことがあり、複雑な思いがああるのだろう。エルヴィンは無理して立ち入ろうと思わない。いつか、この村の人たちが救われてよかったと思ってくれたら、それでいいとエルヴィンは思っていた。
 このままどうやって捕虜を連れて王都へ向かうかを歩きながら、そして宿屋に着いてからも考える。レジエンテの者が口封じのためにやって来ないとも限らない。この限られた人数の中で、いかにやっていけるか。
 しばらく考えて、なんとか考えがまとまった。夕食をとり、エルヴィンは王都にいるクリスのことを考える。彼女は、無事だろうか。
 なぜか彼女の心配をすることに疑問を感じ、エルヴィンは頭を軽く振る。ほんの少ししか一緒にいなかったのに、なぜか寂しく感じていた。
 早く起きようと、エルヴィンは眠りにつく。ミエスのこと、レジエンテのこと、メニュレイの今後のこと。色々と考えないといけないことは多いのに、少女の顔が眠りに落ちるまでちらついていた。

 部下の慌てた声で目が覚める。どうしたのかと問う。彼は、落ち着かない様子で伝えてきた。
 捕虜と、見張りをしていた者たちが死んでいるのだと。
 慌てて、部下と一緒に捕虜がいる場所へと赴く。捕虜には、何もできないようにしっかりと拘束していたはずだ。
 最初に行った馬小屋へ着くと、そこには昨日あったはずの人の気配が感じられない。中には、生きている人がいないのだ。入って、愕然とする。
 赤い血が、一面に広がっていた。これは、中にいた人がやったものではないとエルヴィンはわかった。心当たりのある人物が一人、浮かぶ。
 ――ミエス。彼が近くに潜んでいるのだろうか。恐ろしい疑問がよぎる。油断はできない。
 しかし、ミエス一人ではこれ以上襲ってくることはないだろう。いくら彼が手練れだとしても、少なくなったとはいえこちらには人がいるのだ。この人数差では太刀打ちできないはずだ。この惨状は、夜闇に乗じてやった他ない。
 他の場所も、そうだった。どうしようかと考えるが、うまく頭が回らない。エルヴィンを呼んだ部下も、呆然としている。とりあえず、この村にこれ以上迷惑かけるわけにもいかない。エルヴィンは部下に、なるべくはやくこの村を発つことを告げた。



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