朝になる。何も変わらない惨状の跡は、心が痛む。しかしそれでも、先に進まないといけない。エルヴィンたちは、痛む心を抑えながら惨状の跡を片付けていった。
 昨日のあの後、本部へ連絡する者に、夕方見つけたレジエンテが残したメモを渡した。上層部の者にも目を通してほしかったのだ。早ければ、明日には届くだろう。
 エルヴィンは、念のためメモの写しを持っている。ここから近い村が近日襲われる予定もあるため、見回りしたいと思ったのだ。
 そしてエルヴィンは、ライナルトのことについて考える。昨日、メモを見た後のライナルトの顔色は悪かった。彼女の故郷が書かれていたということだが、彼女は今どこにいるのだろう。そこは、詳しく聞けなかった。エルヴィンには、無事を願うことしかできない。
 ライナルトのことが心配だった。しかし、今はそんなことを考えている暇はない。頭を振り、雑念を払う。そして、再び仕事にとりかかった。

 あらかたの作業が終わり、あとは死体の埋葬と王都へ報告のために帰るだけとなったとき。エルヴィンは、この後をどうしようかと考える。
 レジエンテが残したメモから、次に襲う予定の村、ファウレン村がこの近くにあるのだ。このまま素通りしてもよいが、何かあってからでは遅い。念のためにファウレン村に滞在したほうがいいのではないかとエルヴィンは思った。
 しかし、これはエルヴィンの独断で決められない。早く帰りたい者がいるのも知ってるし、エルヴィンもどちらかというと早く帰りたい者の一人だ。ここは隊長としてではなく、ただの一軍人としてみんなに尋ねるのがいいのではないかと考えた。
 しかし、どうやって伝えようか。レジエンテが残したと思われるメモという不確かな状態では、みんなも納得がいかないだろう。何か別な案で、ファウレン村に向かう理由はないか。少し考え、思い浮かぶ。これでいいのかはわからないが、なんとなく妙案に思えた。

 埋葬も終わり、みんなを集める。レジエンテが残したメモについては言わないことにした。
 エルヴィンは、ファウレン村でしばし休息を取ろうと提案する。先に王都へ帰りたい者は、先に帰っていいと付け加えて。
 エルヴィンの提案に、周りの者がどよめく。普段、こういったことを言わないエルヴィンに、みんなが驚いているのだろう。エルヴィンも、自分がこんなことを言うとは思わなかった。いつもなら、周りの意見を聞いても国のためと従わせていただろう。
 自分の変化を、気のせいだと考えないようにする。これは、村を、そして国を守るために必要なことだからだ。ほんの一瞬、少女の顔が頭をよぎった。
 しばらく話し合い、先に帰るものと村に寄るものに分かれる。幸い、ファウレン村に寄る者が思ったよりも多く、エルヴィンは安心する。ある程度の人数がいれば、何かあったときに対処できるからだ。
 そして、二手に分かれそれぞれ王都とファウレン村を目指す。王都に戻るものには、今までの報告を頼んだ。
 王都で帰りを待っているクリスに、まだ帰れないことを申し訳なく思う。しかし、今は恐らく動かなければならないときだ。レジエンテに少しでもやり返したいと思いながら、エルヴィンはファウレン村を目指した。

 ファウレン村は、ウェルタ村と比べると軍の基地がないためかのんびりしている。活気もあるが、どちらかというとゆったりとした時間を感じる場所であった。
 しかし、この村はどちらかというと軍の者には友好的ではない。詳しい理由はわからないが、数年前、レジエンテとは違う反乱組織がここの近くの村を襲ったことがきっかけだと聞いたことはある。その村は、ファウレン村と親交が深かったという。
 ウェルタ村を出てから二日後の夕方に、ファウレン村へ着く。人数分の宿を確保し、それぞれ羽目を外しすぎないように伝え自由にしてもらった。
 エルヴィンは、居心地の悪さを感じつつ宿で休む。久しぶりのベッドは、気づかなかった疲れを癒してくれるようだった。
 襲撃の日は明日らしい。今はとりあえず休もう。ここでは何も起こらないことを祈り、少し眠ろうとしたとき。エルヴィンはふと、ベッドから起き上がる。王都にいるクリスへ、手紙を書こうと思ったのだ。持ってきた適当な紙を広げ、筆記具を手に取る。なんとなく、心が急いていた。

 手紙を書き終え、送ろうか迷う。一応、王都へ帰るのは遅くなることは先に帰る者に伝えてある。今更、手紙で書くのもどうかと思った。
 しかし、書いたものを破りすてる気にもなれず。エルヴィンは、少ない私物入れに適当に突っ込んだ。
 そして宿を出る。ファウレン村を見て回りたいと思ったのだ。他の町や村へ来ても、普段はあまり観光などしなかった。それよりも、仕事をしているか体を休めているかが重要だった。
 ここにはいない少女に、土産話ができないかと見て回る。もうすでに日も暮れており、外は静かだ。酒場からは賑やかな音が聞こえてくるが、それ以外はほとんど音が聞こえなかった。
 久しぶりに空を見る。明るい星が、輝いていた。星をじっくり見ることなど、いつぶりだろう。昔、義母が星にまつわる話をしながら一緒に夜空を見ていたことを思い出す。彼女も、今はあの夜空に輝く星となって自分を見ているのだろうか。
 冷たい風が吹いて頬を撫でた。もう、冬になる。いつもは感じない寒さを感じながら、エルヴィンはファウレン村を見て回る。豊かな緑が、あたりを囲っていた。
 気づくと、村を見まわせる高台まで来ていた。時間が時間だからか、周りには誰もいない。遠くから、何か獣の鳴き声が聞こえる。
 星が綺麗だった。高台から、星がよく見える。義母が話してくれた昔話を思い出す。今はぼんやりとしか覚えていないが、彼女の声が今でも思い出せた。
 星から目を離し、村を見る。暗くてあまりよく見えないが、晴れている日なら村を一望できるのだろう。そして村を見ながら、ウェルタ村のことを思い出す。ここが、あの村のようにならないでほしい。この平和が、壊れないでほしいと願う。あの惨状は、正直エルヴィンにはきつかった。
 仕事で、人を殺したことはある。しかし、なぜだか罪悪感はなかった。いまだ情勢が不安定なメニュレイ国では、暴動の鎮圧も仕事の一つだ。エルヴィンも、鎮圧に参加したことがある。
 初めて参加したときは、恐怖もあった。しかし、軍人となったからには、覚悟は決めている。エルヴィンは、強い意志で恐怖を隠していった。そして、人を殺していったのだ。
 それでも、耐えられないものはある。エルヴィンは、あまり強い性格ではない。食事が喉を通らなかった時期もある。しかし、その弱さは決して人には見せなかった。弱さを見せることが、できなかった。
 腰につけている剣を取り出す。軍の者には支給されるその剣は、一目で軍のものだとわかるように装飾がされている。他のところに複製されないように、複雑な模様が彫られていた。
 エルヴィンは、基本的に肌身離さずその剣を持っている。自分が軍人であるという誇りと、枷を。エルヴィンは、自分に課している。
 らしくないことを考えてしまったと、ため息をつく。考え込むのは、得意ではない。考えすぎて、頭が痛くなることが多いのだ。
 クリスへの土産話はあまり多くはできないことに少し悲しく思うが、本来の仕事はそんなことではない。
 そろそろ宿へと戻ろうと、エルヴィンは高台から離れようとした。

 相変わらず、静かである。まるで、エルヴィンたちを拒むほどに、静かだ。先程と変わらず酒屋だけは賑やかであるが、それ以外はただ風の吹く音だけが聞こえる。
 宿へと戻る道、エルヴィンは自分もあの騒ぎの中へ入ろうか一瞬迷った。しかし、入ったとしてもノリについていけなだろう。それに、自分がいては彼らもやりづらいと思い至りやめた。
 ライナルトなら、あの中に入れただろう。しかし、エルヴィンには、無理だった。
 宿の自室へ戻り、ベッドへと倒れこむ。なんとなく、疲れたような気がした。いつもより歩いていたからだろうか。それとも、あの惨状が思ったよりもきているのだろうか。
 しかし、気は抜けない。襲撃の日は明日だ。ここでを気を抜いたら、動けない。
 だが、今は少し休みたい。体の欲求は、素直だった。
 抗いがたい睡魔を感じ、エルヴィンは目を閉じる。優しい、誰かの声が聞こえた。それは義母のようで、クリスのようで、そして違う誰かのように感じた。
 大丈夫、と聞こえた気がした。



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