エルヴィンは、今から15年前、王都付近の森に怪我して倒れていた。そこを、現在の元帥であるシルヴェスター・ハトソンに拾われた。なぜそこにいたのか、そしてなぜ怪我をしていたのかはわからない。なぜなら、エルヴィンは全てを忘れてしまったからだ。今までどうやって生きていたかも、家族がいたのかも、何もかも。そして、彼自身の名前さえも。
 シルヴェスターに拾われたエルヴィンは、その後子供のいないハトソン夫妻の養子となった。その当時のことを、エルヴィンはぼんやりとしか覚えていない。気づいたときには、彼は二人の子供となっていた。
 何も覚えていないエルヴィンに対し、ハトソン夫妻は優しかった。何も知らないエルヴィンに、二人は様々なことを教えてくれた。血の繋がりはなかったが、エルヴィンは二人のことを本当の親のように思っていた。そして、二人もエルヴィンのことを本当の子供のように育てた。
 本当の親子ではないと周りの子供たちに言われることもあった。誹謗中傷を言われることは、数えきれないくらいだった。エルヴィンにとってその侮辱は耐えがたいものであったが、夫妻は気にしなくていいと言った。エルヴィンは、大切な子供だからと。そしていつしかエルヴィンは、周りに見下されないように様々なものを頑張った。いつか軍に入るために、そして尊敬している二人に見捨てられないように、エルヴィンは必死だった。
 養父であるシルヴェスターは、エルヴィンに様々なことを教えてくれた。それは、この国のこと、軍について、そして民。特に、シルヴェスターはエルヴィンに民のことについてたくさん聞かせた。民は守るべきもの、この国では軍が民を守る防壁となる。民を傷つける者は、許されるべきではないと。エルヴィンは、シルヴェスターの話を真剣に聞いていた。いつか、自分の彼のように立派な軍人になれるようにと。しかし、シルヴェスターはエルヴィンには軍人にはなってほしくないと思っていた。
 成長し、エルヴィンは軍学校へ入った。両親は、止めはしなかった。軍学校へ入ったエルヴィンは、首席を取り続けた。元帥であるシルヴェスターの養子が、ただの人では周りも納得しないだろう。そう思い、エルヴィンはひたすらに勉学に励み、剣技を磨いていった。
 友と呼べるものは、エルヴィンは一人しかいない。それは、ライナルトだった。彼は、エルヴィンと同じ年に軍学校へ入った。そして、ライナルトは意外にも軍学校では次席だった。始めはやけに絡んでくるライナルトを邪険にしていたエルヴィンだったが、彼の明るさや味わった苦労を知り、そして傍にいてくれるうちに仲を深めていった。ライナルトも、同じ年齢のエルヴィンに声をかけ、彼の考え、想いを知るうちに友人として尊敬するようになっていったのだ。
 軍学校を出て、エルヴィンは異例の速さで隊長となる。元帥という後ろ盾もあったのだが、何よりエルヴィンの実力は申し分なかった。実績が、彼には伴っていた。
 しかし、誰よりエルヴィンのことを想い、いつしか恩返しをしたいと思っていた養母は倒れ、儚くなった。
 養父であるシルヴェスターは優しかったが、養母が亡くなってから二人の仲はどこかぎこちなくなっていた。二人の仲を取り持ってくれた彼女がいなくなったためだ。いつしか、エルヴィンとシルヴェスターは仕事以外で話しをしなくなった。
 そして、いつしか時が流れていった……。

 目を覚ます。どうやら、昔の夢を見ていたらしい。亡くなった養母のことを思い出し、エルヴィンはため息をつく。
 なかなか心を開かなかったエルヴィンに、いつも優しく声をかけてくれた。口下手なエルヴィンの考えを、なぜかわかってくれた。
 出世すれば彼女への恩返しになると思っていたが、そんなことはなかった。
 今、エルヴィンは先日被害があったウェルタ村へ部隊を引き連れて向かっている。被害状況の確認と、生存者の救出のためだ。
 しかし、情報によるとウェルタ村の被害は甚大で生存者は絶望的らしい。それでも、メニュレイ国の軍人として、エルヴィンは生存者を救いたいと思っていた。
 天幕から出て、今の状況を確認する。見張りをしていたものから夜にあったことを聞き、行く先について考える。ゆっくりしている暇はないが、だからといって急ぎすぎると部隊の士気が下がってしまう。
 幸い、途中に街がある。そこは、軍には比較的友好なところだ。そこからウェルタ村まで、そう遠くない。今日には着くだろう。
 これから通る道筋を考え終わったとき、ふと王都へ残した少女のことを思い出した。仕事以外ではほとんど一緒にいたためか、行かないでと言われるかと心構えた。しかし、クリスは仕事ということで納得したのか、ただ頷いてエルヴィンたちを見送ってくれた。正直、拍子抜けした。
 一人にはなるなとクリスには言い、軍の者にも彼女のことを見ておくようには伝えた。それでも、エルヴィンはクリスのことが心配だった。今までとは違う自分に、エルヴィンは戸惑う。どうしたらいいのか、自分ではわからなかった。
 準備が整い、エルヴィンは部隊を引き連れ再び進んでいく。ウェルタ村までは、まだ遠く。さらに王都は、今のエルヴィンには遠かった。

 ウェルタ村には、日が傾き始めた頃に着いた。しかし、始めそこを見たとき、エルヴィンたちは言葉を失った。
 前にここを訪れた時は、軍の拠点でもある村であり、物資が豊かであった。人々も活気があり、軍の者にも友好的だった。それが、今では見る影もない。
 焼かれていた跡もあれば、見るも無残に破壊された家もある。無事なものなど、何もなかった。そして何より、ここで暮らしていたであろう人々が、死体となって散乱していた。
 ここまで酷い惨状を見るのは、エルヴィンは初めてだった。恐らく、ここにいるもののほとんどがそうだろう。反乱者たちの鎮圧はあっても、ここまで酷いものはなかった。
「隊長!」
 部下が呼びかける。それに反応して答えると、彼は顔を泣きそうに歪めて軍の者たちがいるはずの砦のことについて報告をしてきた。
 やはり、そこも被害が絶望的だったらしい。生きてる者は、全て狩りつくされたと言っていいだろう。
 これからやるべきことを考え、命令を出していく。悲しむ暇など、彼らをきちんと弔う時間など、エルヴィンたちには与えられていない。例え冷たいと言われても、ここで動かなければ被害が広がる可能性があるのだ。軍人として、エルヴィンはただ動いていった。

 一通りのことが終わり、辺りは真っ暗になる。暗くなってきたこともあり、生存者の確認などはいったん休止することにした。灯りとなるものが、自分たちで持ってきたものしかない。途中立ち寄った街で物資を補給してきたが、それでも心許ないだろう。
 見回りしていると、エルヴィンは見慣れないものを見つける。暗くてよくわからなかったが、今まで気づかなかったことが不思議なくらいそれは不自然にそこにあった。
 近寄って、どんなものか確認する。それは、草で作った人形だった。その人形は、首元に何かが括りつけられている。
 その括りつけられたものを取ると、紙みたいだった。そして、その紙には何か書いてある。恐る恐る、エルヴィンは見てみる。それは、レジエンテがこれから襲う街や村の予定場所だった。ご丁寧に、日付も記されている。
 わざわざ残していったのだろう。こちらを嘲笑っているようで、腹立たしかった。証拠として、エルヴィンは人形も含め持っていくことにする。襲われる前に、こちらが守らねばならない。
 そして、エルヴィンは見回りを続ける。今のところ怪しいものは先ほど見つけた人形以外ないが、油断できない。一通り、ウェルタ村であった場所を回った。
 一息つこうとして、副長であるライナルトを見つける。彼も見回りをしていたみたいなのだろう。ライナルトの顔は、いつもより暗かった。
「エルヴィン、そっちはどうだった?」
 ライナルトが声をかけてくる。エルヴィンは先ほど見つけた人形と、紙をライナルトに見せた。これを置いていった意味はわからないが、こちらは対策ができるということだ。
「ふうん、なるほどな。……ん?」
 ライナルトが、紙を見て少し考え込む。何かあったのだろうかと聞こうとしたとき、ライナルトが言う。
「彼女の故郷の村も書かれてる」
 ぽつりと呟かれた言葉は、気づかず漏れ出たものなのだろう。エルヴィンのことなど、見えないとでもいうようだ。そして、ライナルトは紙から目を離してエルヴィンを力強く見た。
「先に王都へ帰っていいか?」
 どこか焦っているようなライナルトに、エルヴィンはただ大丈夫だと言うので精いっぱいだった。幸い、一通りの仕事は終わっている。残りは、後始末だけだ。
 ありがとうと告げてから、ライナルトは走り出す。これから、帰るのだろう。丈夫そうな馬を選び、ライナルトが離れていくのを感じる。馬の鳴き声が、聞こえた。



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