襲撃があった日から、数日が経った。あれ以来ミエスは現われない。二人の間に、静かな、そして穏やかな日々が過ぎていった。
 エルヴィンは、毎日クリスの様子を見ていく。クリスも、エルヴィンに声をかけていく。そして時間があるときには、なるべく傍にいる。長くは共に過ごせないが、それだけでエルヴィンには十分だった。
 それはクリスも一緒なのだろうか。しばらくは不安気な顔が多かった彼女も、今では穏やかな表情が増えてきた。
「お前、最近変わったな」
 偶然時間が重なったライナルトと食事をしているときだった。ふいに、彼がエルヴィンに向かって言う。
 一瞬何を言ってるのかと思い、怪訝な顔でライナルトを見た。ライナルトは、まるで面白いものでも見たかのような顔をしている。それに対し、エルヴィンはますます顔をしかめていった。
「そんな顔すんなよ、いい男が台無しだぜ? せっかく最近周りの評判が良くなったって言うのにさ」
 ライナルトが言う。しかし、エルヴィンにとってはそんなことはどうでもよかった。
 無言で食事を進めていくエルヴィンに、ライナルトは大きく溜め息をつく。エルヴィンは不快なものを見るかのようにライナルトを見るが、彼はエルヴィンの様子など少しも気にしていなかった。
 周りの評判などエルヴィンにはどうでもよかった。ただ、守る民が傷つけられず平穏に暮らせれば、それでいいのだ。だからこそ、彼らを傷つけるやつは許せない。
「そんなおっかない顔をしてると、彼女が怖がるぞ」
 視線を感じ、そちらを見る。そこには、クリスがいた。少し眉を下げて困ったような顔をしている。
 まさかいるとは思わず、エルヴィンは間抜けな声を出してしまった。ライナルトが呆れたように何かを言っていたが、耳に入らない。何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。
「何か悩み事でもあるの……?」
 控えめに告げられて、エルヴィンは困る。別に、悩み事などない。しいていえば、今彼女が少し悲しそうな顔をしているくらいだ。
 とりあえずなんでもないと言ったが、クリスはただこくりと首を傾げただけだった。納得がいってないという顔だ。しかし、エルヴィンはそれ以上は何も言わなかった。
 見せつけるねえ、というライナルトの声が聞こえるまで、エルヴィンはここが一瞬どこだか忘れていた。周りを見ると、何人かがエルヴィンたちを見ている。向けられる視線に耐え切れなくなり、エルヴィンは急いで残っていた食事を片づける。そして、食器を手に取り急いでその場から離れた。
 残されたライナルトとクリスは、顔を合わせる。困ったように笑うクリスに、ライナルトは心配するなよ、と言った。
「あいつは、ああいうのに慣れてないんだよ」
 優しげなライナルトの声に、クリスはこくりと頷く。誰だって、自分が好奇の目にさらされるのはよく思わない。
 大丈夫です、と言って、ライナルトに笑いかける。そして仕事中だということを思い出す。あっと声をあげ、クリスはライナルトに邪魔をしてごめんなさい、と言い、彼女もここを離れていった。残されたライナルトは、ただ一人で過ぎ去った嵐を思い出しながら残りの食事をとった。

 食堂から急いで出たエルヴィンは、先程のやりとりを思い出す。気を取り直して仕事に取り掛かろうとする。今日は何があるかと考えていると、突然誰かに後ろから声をかけられた。
「エルヴィン隊長!」
 呼ばれて、振り返る。エルヴィンの部隊に所属している部下が、彼を呼んでいた。
 どうしたのかと聞くと、彼は急いでいたのか息を切らせて途切れ途切れに言う。
「元帥がお呼びです。すぐに部屋に来てほしいと」
 いったい何事かと考える。必要なことがない限りは、呼ばれない。しかも今すぐにということは滅多にないのだ。急用なのだろう。
 わかったと部下に言い、エルヴィンは急いで元帥の部屋へと向かう。はやまる足が、何かを急き立てる。どこか胸騒ぎがした。

 急いで元帥の部屋に訪れ、部屋に入る。そこには、エルヴィンを含める第一部隊から第十部隊の隊長たちが並んでいる。軍の重要な会議に参加している限られた者しか、そこにはいなかった。
 どうやらエルヴィンが最後らしい。扉が閉じられると、元帥が口を開いた。
「みんな、心して聞くように」
 そして、他言無用だと続けた。彼の声は、厳格である。緊張感があたりに漂う。皆、黙ってシルヴェスターに先を促した。
「東の国境近くのウェルタ村が、反軍組織レジエンテに壊滅されたという報告がきた」
 反軍組織レジエンテ。メニュレイ国の今のあり方を快く思わない者は、この国の中にたくさんいる。特に軍は、国民の中でもたくさんの者が存在に反対している。レジエンテは、中でも過激派とされる者たちが作ったとされる組織だった。
 しかしそれは、表向きの話だ。裏では、この国を乗っ取ろうと画策している犯罪者が集っている。無謀のはずなのだが、なぜだかレジエンテはそれを実行に移そうとしていた。
 噂では、レジエンテをまとめてる者は国を追われた王弟と言われている。なぜそんなことになっているのか謎であるが、真相はわからない。あくまで、噂だ。
 そして、東の国境近くのウェルタ村。あそこは、軍の拠点がある。それが意味することは、一つ。軍への、反乱だ。
 皆が息をのんでいると、シルヴェスターは続ける。
「しばらくは忙しくなると思う。覚悟を、決めるように」
 覚悟。それは、誰かを守るために何かを犠牲にする覚悟か。それとも、また別の覚悟なのか。エルヴィンにはわからない。ただわかるのは、今までの平穏が、終わりを告げたことだった。
 そして、エルヴィンはこの先思い知る。何かが、壊れ始めていったのだと……。

 目の前に広がるのは、血。そして、動かなくなった『何か』。
 足で小突きながら、ミエスは溜め息をつく。これにいったいどんな意味があるのだろうと。自分は、はやく『あれ』を手にしたいのに。
 そこに、一人の女性が近づいてくる。ミエスは気配で察し、彼女のほうを見た。長い茶色の髪は上で一つに結んでおり、均整のとれた体は少ない布で隠してる。魅惑的な体を惜しげもなく晒しており、男なら邪な思いを抱く者も少なくないだろう。
 近づく彼女に、目だけでどうしたのかと問う。すると、彼女はころころと笑った。何がおかしいのかときこうと思ったが、その前に彼女の声に遮られた。
「ボスがお呼びよ」
 一緒に行きましょう、という女の甘い声にミエスは何も返さない。恐らく、呼ばれたのはミエスだけではない。彼女もそのうちの一人だろう。だいたい呼び出しがあるときは、『みんな』を集める時くらいだからだ。
 彼女が、ミエスの腕に絡まってくる。それを鬱陶しく思いながらも、ミエスは離そうとはしなかった。
「アニー、どうしたんだい。いつもよりやけに絡んでくる」
 尋ねてみるも、彼女はただ上機嫌に鼻歌を歌っているだけだった。
 二人が歩いているところは、辺りに人と思われる死体が多い。しかし、二人はそれを全くといっていいほど気にも留めなかった。
 しばらく歩いていると、周りに『何も』ないところへ出る。そこには、すでに集まっていたミエスの仲間数名がそこにいた。彼らは、何か話し込んでいる。
 声をかけて、ミエスとアニーは話しの輪に加わる。内容は、先程まで行われたことがほとんどだ。ミエスは、それをただ興味もなく聞いている。そんなことは、どうでもよかった。
 少し時間が経ち、大きな男が声をかけてくる。ボスだった。一瞬で、みんな居住まいを正す。ミエスも、みんなにならった。
「ご苦労だったな、みんな」
 豪快に、男はみんなの顔をよく見て言う。ミエスを除く人物は、自分の武勇伝を語れるのを今か今かと待ってるように感じた。
「これは、前哨戦だ。俺たちが今まで味わった苦しみを、あいつらにも味わわせるための!」
 語気が、強くなっていく。それに合わせるかのように、周りも熱くなっていた。
「次は決めてある。最後の王都まではまだあるが、気を抜くなよ」
 王都。その単語に、ミエスは心に熱が入るのを感じる。そこには、ミエスが欲していたものがある。
「これからは、各自別行動をとってもらう。それを、これから決める」
 告げられた言葉に、ミエスはいてもたってもいられなくなる。王都までが、待ち遠しかった。

 決められた場所に、ミエスはほくそ笑む。そこは、彼にとって因縁の場所。そして、それは『彼』にとっても縁ある場所であった。

 そして、崩壊の音が広がっていく……。



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