手の上なら尊敬のキス
額の上なら友情のキス
頬の上なら満足感のキス
唇の上なら愛情のキス
閉じた目の上なら憧憬のキス
掌の上なら懇願のキス
腕と首なら欲望のキス
さてその他は、皆、狂気の沙汰




ひとしきり熱を交わしあったベッドに沈んで、煙草をくわえた恵介さんを眺めながら、いつか読んだそんな文章が頭に浮かんだ。


「グリルパルツァーだっけ?」


何とはなしに呟いた俺に、煙を吐き出した恵介さんが首を傾げつつ口を開いた。


「グリルパルツァー?」
「恵介さん知らない?“接吻”てやつ。」


年の割りに逞しく引き締まった腰に腕を絡ませ、腹筋をなぞるように舌を這わせる。
ぴくっと僅かな反応にほくそ笑みながら、そのまま上へと這い上がった。


「……痕は……」
「……わかってるよ」


痕はつけない。
何もかもを許したようでいて、些細な約束が胸を軽く抉った。


「キスにはね、意味があるんだってさ」


肩口に手を掛けて、くわえられていた煙草を奪って捻じ消した。
右手を取って、手の甲にキスをする。


「これは、尊敬」


顔を上げ、額に。


「……友情」
「友情?可笑しいな」


軽く笑った恵介さんに苦笑して、唇を滑らせ頬に。


「……満足感」


そのまま唇を軽く啄む。


「──愛情」


眉根を寄せただろうことが、何となくわかった。
視線を合わせ、笑んで見せてから瞼に。


「憧憬……」


取ったままの右手に唇を戻し、掌の上に。


「……懇願……」


今の俺の心情のようで、少しだけ押し寄せた切ない波に、敢えて知らない振りをして。
触れるか触れないかの距離で二の腕まで唇を移動させる。
そこにキスをして、首もとに軽く歯を立てた。


「──欲望」


また僅か反応を見せた恵介さんに、薄く笑ってから、左手を下腹部へと滑らせていく。


「……っ、カズマ……」


欲を孕んだ声に、只、煽られて。
耳朶を甘噛みして、舌を這わせながら囁いた。


「……“さてその他は、みな狂気の沙汰”ってね」


性別も、関係性も、見えない先も、わかり切った結末も。

救いようがないほど、全てが狂気の沙汰。


end?



●● グリルパルツァーの戯言


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