「オジサン、初めて?」


組み敷かれたまま肩を竦めれば、覆い被さったがたいのいいオヤジが、苦笑を漏らした。

あ、その表情はいい。

そんなことを思った俺は、大抵スレているのだろう。
特別同性が好きな訳ではない。
どちらもいけるというだけの話だ。


「オジサンは受けと攻め、どっちがいい?俺、あんたならどっちでもいいけど」


四十代と言っていたが、なかなかに引き締まった筋肉に、無精髭さえも哀愁たっぷりで渋い雰囲気を醸し出している。
顔も体も、悪くない。


「……悪かった。やっぱりやめよう」


何を思ったのか大抵予想がついた。
身を引いてベッド脇に腰掛けた横顔が、全てを物語っている。


「奥さんに悪いって?」
「……子供にも、かな」


また漏らした苦笑を眺めて、まあ、そんなものかとぼんやり思った。
確かに、自分のオヤジが男となんて、自分が息子だったら反吐が出る。
まだ、女の方がマシかもしれない。


「……君、名前は?」
「カズマ。オジサンは?」
「私か?私は狭山恵介だ」
「さやま、けいすけ……」


平仮名に変換した俺に、恵介さんはまた苦笑した。
何となくぽつぽつと語り出した恵介さんの言葉に、耳を傾けてみる。

うだつの上がらない仕事。
それを叱咤激励する奥さん。
冷たくあしらう子供の態度。
何となく過ぎていく時間と毎日に、浮き彫りにされる不甲斐なさ。


「だからといって、少しやり過ぎた行為だったよ」


──男に走るなんて。

恵介さんは、そうは言わなかった。
くしゃっと俺の頭を撫で、自分もくしゃっと笑って見せる。

ああ、欲しい。

そう思った。
この人が欲しい。
この男に抱かれてみたい。


「──やり過ぎって、まだ何もシてないよ?」


俗な言い回しだ。
自分でもそう思った。
すっと敏感な部分に指を這わせれば、驚愕に見開いた瞳が俺を捉える。


「……ちょっと、待て、カズマくん──あ、」
「待たない」


待っていたらこのまま終わって、僅かな罪悪感を押し隠したまま、恵介さんは何事もなかった様にまた毎日を過ごすのだろう。


「……駄目だよ」


上下に緩く刺激を与えながら、ゆっくりとベルトを外して見せる。
ファスナーのジジッという音が、やけに卑猥に鼓膜を刺激した。


「……最後は俺が受けでいいよ」


指でなぞって、舌を這わせて、銜えてやれば、低い嬌声を上げる。

抵抗なんて無意味だ。
最初から、さしたる抵抗もなかったけれど。


「……馬鹿だな」


半裸にされて、なすがままに恵介さんが呟いた。


「俺が?」


自分のシャツを脱ぎ捨てながら、薄く笑ってそれを見下ろす。


「……違うよ、私が、だ」


苦笑したその唇に噛み付いて、逃げもしない舌に自分のを巻き付けた。

この先は、ない。
それでも欲しいと思った。
一時でも、交わることで救いになりたいと思った。

この感情に、この行為に、救いなんてない。

百も承知で、それでも貴方を逃がさない。



end?




●● 救いようがない僕ら


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