八つの頭を持ち八つの尾を持った大蛇は、その巨大さで世界を食べた。 七つの海を七つの大陸を食らい尽くし、八つ目の頭で世界を滅ぼした。 泣かないと決めていたこの日、世界は霧雨に覆われていた。 それは決して大袈裟などでなく、わたしの世界は間違いなくそうだった。 「代わりに泣いてくれているのね」 誰かがそう呟き、わたしの肩を軽く叩いては去っていく。 莫迦じゃなかろうか、代わりに世界が泣くだなんて。 そんなことされて堪るか、わたしはわたしで泣いている。 涙は流れなくとも、胸が軋んで悲鳴を上げている。 痛くて痛くて、ぎしぎしと鳴っている。 どうしてこれを泣いていないと言うのか、どうしてそう捉えられるのか。 「……ねえ、」 応えをくれない冷たい墓標に、いつかの神話を思い出した。 あの大蛇はヨルムンガンドと言っただろうか。 世界を食らうと言うのなら、いっそわたしも食らって欲しい。 全てを食らい尽くして、また違うどこかで二人、穏やかに暮らせたなら。 浅はかな希望という名の幻想は淡く滲んだ世界に容赦なく流されていく。 触れた指先の伝える感触はやはり冷たくて、現実逃避する思考を嘲笑う。 優しい笑顔も、柔らかな視線も、労る指先もなくて、わたしはこれからどうしたらいいと。 「終わってしまった、のに」 わたしの世界は、終わってしまったというのに。 湿った黒いワンピースを握り締めて、只ひたすらに霧雨に濡れる世界に立ち尽くしていた。 「……皆さん、帰られましたよ」 「……神父様……」 どれほど経っただろうか、ふと声を掛けられ振り向けば、そこには柔く笑った神父がいた。 はっきりとした視界に映る彼はこちらに歩み寄ると、わたしの隣に並び立つ。 そっと墓標を撫でてから、空を見上げて呟いた。 「……晴れましたね」 「……あ、……」 つられて見上げた空は澄み渡り、灰色の淡い世界は青く高いものへと変わっていた。 「終わりがあるから、始まるのですよ」 「……終わりが、あるから……」 「始まるのです」 わたしの瞳をしっかり捉えそう言った神父は、小さく頷いてまた、空を仰いだ。 (食らい尽くされた世界は、新しい再生を見る) _20080530 酸欠参加作品 さようなら、ヨルムンガンド © 楽観的木曜日の女 |