少年と少女は腹違いの兄妹だった。父は数年前に亡くなっており、すぐやって来た新しい継父によって、完全に少年は爪弾き者となっていた。明らかな敵意を向けられるのではない、大っぴらに虐待を受けるのではない。ただ無関心に、いない者として扱われる毎日だった。

「お兄ちゃん、はい、今日のご飯よ」

 今日も今日とて学校から帰宅し、物置きの影で静かに蹲る少年に、少女は笑顔で声を掛けた。その手にあるお盆には、夕飯の余りものがいくつか載っている。

「ああ、ありがとう」

 少年は少女をしっかりと見つめて、それから諦めたように少し笑った。

「いいのよ、気にしないで。いつものことだわ。とはいえ、お母さんたらまたお兄ちゃんの分を作り忘れたのよ。信じられない」
「そうかな」
「そうよ!こんなのおかしいわ」

 憤慨して見せる少女と手渡されたお盆を見比べ、少年はまた小さく笑った。確かに、育ち盛りの少年に食事を用意しないなど、普通ならあり得ない話だろう。しかしながら、表立って虐待を受けるわけではなく、学費も給食費も、少年のためにきちんと支払われている。ノートがなくなったと言えば小遣いをくれるし、少年が台所を漁ったからといって怒られるようなこともない。ただ、継父と継母からしたなら、興味がないだけなのだ。それが血の繋がりがないことからか、はたまた、少年に寄るところからかはわからない。少なくとも、継父と血が繋がらない少女は仲良くやっているようだった。
 余りものというにはお粗末な残飯を口にしながら、未だ憤慨を続ける少女を、少年は黙って見ているだけだった。

 ある日、少年は学校帰りに叔父に出会った。亡き父の兄に当たる彼は殊更大きな声で少年を呼び止め、満面の笑顔で話し掛けてきた。

「どうだ?元気にしてるか?」
「ええ、お陰様で」
「何だ何だ、子供のうちは子供らしくしたって、誰も怒ったりしないぞ」

 少年は笑った。少年は、この明け透けな叔父が嫌いではなかった。寧ろ好きだったかもしれない。

「本当に、うちに来ればよかったのに」
「まだそう言ってくれますか?」
「もちろんだ。まあ、妹が可愛いのもわかるが……あの子はなあ……とにかく、気が変わったら、すぐに連絡するんだぞ」

 力任せに少年の頭を撫でて、叔父は来た道を引き返して行った。どうやら、わざわざ少年の様子を見に来たらしい。少年は、また嬉しげに笑って、その背中を見送った。

 ある日、少年は学校帰りに少女に出会った。気づかぬ振りで踵を返そうとした矢先、すぐによく通る声によって、それは妨げられる。

「お兄ちゃん!」

 少年は諦めて、少しだけ笑ってから、少女がこちらに来るのを待った。

「あれがお兄ちゃん?」
「そうよ」
「マミちゃんが面倒見てあげてるんでしょ」
「ええ、悪い叔父さんに連れて行かれそうになってたのを助けてあげたの」
「へえ、マミちゃんえらいんだね」
「そんなことないわ。ね、お兄ちゃん」

 少女の言葉に、少年はただ笑った。
 そのまま二人での帰り道の途中、少女は車に轢かれ、道端のどぶ・・へと跳ね飛ばされたまま、帰らぬ人となった。少年もまた掌を擦りむいており、人々は軽傷で済んだ少年に慰めの声を掛けた。そうして少年は叔父へと引き取られることになったが、悲しみに暮れた継父と継母が、少年に声を掛けることはなかった。

「あの子は運がなかったなあ……」

 叔父が空を仰いでぽつりとそう零したのを、少年はただ、黙って聞いていた。

「こうなって良かったとは言えんがな。あの親にしろあの子にしろ、お前への態度は、やっぱりどうかと俺は思うんだよ」

 話さずにはいられないのか、普段は豪快ながらも優しい叔父が、唇を噛み締めそう続けるのを、やはり、少年は黙ったままに見上げていた。

「お前だってわかってたんだろう。あの子が、お前をどう思っていたのか」

 その問い掛けにようやく、少年は悟った。叔父は全てを知っているのかもしれない。それでいて、それでも自分を引き受けてくれたのかもしれない。全ては、憶測に過ぎないが、少年はようやく、子供らしく笑った。

「それでも僕は、あの子のお兄ちゃんだったから」
「そうか……まあ、もう俺の子供だけどな」

 少年は初めて、幸福を噛み締めて笑った。





_20120222
酸欠不条理企画』参加作品

どぶに捨てた真実



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