「まただ」
 がりがりと音がして、肋骨あばらを押さえて、ベッド下を覗き込んだ。思わず顔をしかめてしまう。隣で気分よくビールを飲んでいた友達は、俺の行動に首を傾げていた。
「何か最近、虫がいるんだよ」
「ああ、そうなんだ」
 がりがり、がりがり、たぶんこの音はベッドの柱を囓っている。いい気分が台無しだなと思ったなら、また肋骨の辺りが痛くなった。まさに虫の知らせってやつだろう。木製ベッドは高級そうに見えると思ったが、やはり分不相応だったのだろうか。
「シロアリじゃないとは思うんだよな」
 あれだけがりがりと音がするくらいだ、シロアリなんかより、よっぽど大きな虫に違いない。
「駆除の業者にでも頼んでみたら」
「だよなあ」
「うちのアパートも古くてさ。大家さんが連絡してシロアリ駆除をしたんだよ。俺が調べたところでは、評判いいとこだったから、教えてやるよ」
 ピポパ、と友達は俺の携帯に早速とばかりに連絡先をメールしてくれた。
「シロアリ以外でも効くのかな」
「虫なら大抵は効くんじゃないか」
「だよな」
 全く困ったものだ。
「ここも古いからなあ」
「いいじゃないか、一軒家で悠々自適に一人暮らしなんて最高だよ」
 羨ましいと零した友達にそれもそうかと笑って、仕切り直して乾杯した。それでも、がりがりと音は止まず、肋骨の痛みも消えはしなかった。虫の知らせとやらは、もしかしたら原因はストレスもあるのかもしれない。

 ──ピンポーン。
 一週間後の昼過ぎ、玄関のチャイムが鳴った。
「……ああ、駆除業者は今日だったか……痛たっ」
 朝から体調が悪かった俺は、ベッドで寝返りを打って、痛みに顔をしかめた。早く玄関に行かなくては、早く虫を駆除してもらいたい。
 がりがり、がりがり、昨日から音が酷い。ついには肋骨だけでなく頭も痛いし、腹も何だかむずむずする。
 ──ピンポーン。
「ごめんくださーい!虫の駆除にまいりましたー!」
 今行く。だから、少し静かにしてくれ。体調が悪いんだ、肋骨が痛くて、頭も痛くて──ああ、早く出なくては埒があかない。
「今行──」
 ざわっと、体中の産毛が総毛立った。ぶち、と何かの破ける音と、がりがりと囓る虫の音が、さっきとは打って変わってはっきりと聞こえる。
 そうして俺は、捲った掛布団から覗く自分の腹から湧き出たそれに、声にならない悲鳴をあげた。





_20110531

虫(※)



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