「餅は早いんじゃないかね」 「いいや、餅だ」 「そうとも餅だとも」 埼玉県のとある山奥の旅館。 立派とはお世辞にも言えないそこでは、盛大な餅つき大会が開催されていた。 「えーっこらせー」 「はーいよー」 「よーっこらせー」 「はーいよー」 ご老体に鞭打って、これでもかとばかりに餅をつく数十人の爺さん。 と、困惑気味な第一声を放った新入りの爺さん。 『埼玉年越屋』と掲げられたばかでかい看板の下、つきたての餅の匂いがそこかしこに充満していた。 「しかし、年越しの前に盛大なイベントがあろうに」 「言っちゃいかん!」 「ボブソンさん、そりゃあ言っちゃあいかんよ!」 新入りの爺さん(ボブソン / 60歳)に向かって、数十人の爺さん達がわやわやと言い募った。 「もうわしらは引退したんじゃ」 「そうじゃよ、隠居生活じゃ」 「そりゃあそうだが」 何とも言えないボブソンさんに、古株達は尚も言い募る。 「いいかね、わしらは引退組じゃ。クリスマスなんぞは、若い奴らに任しておけばいいんじゃ」 「世界には充分に貢献した」 「若い世代に引き継いでいかねば、サンタクロースだって廃れちまう」 確かにそうかもしれない。 古株達の言葉に、ボブソンさんは、少しだけ納得をした。 しかし、しかし、それでも気になることはある。 言っていいものか迷ったが、思いきったボブソンさんはそれを口にした。 「でも、何もクリスマス当日に餅をつかんでも」 再開されていた賑やかな餅つき大会に、一瞬、沈黙が訪れた。 そうしてボブソンさんは気づく。 何故、ここに爺さんしかいないのかということに。 「……クリスマスクリスマスって、世間は騒ぎ立てるがな、」 「クリスマスに働いてたわしらに、ラブ&ピースなクリスマスなんぞ、」 「一度としてなかったんじゃ!」 「……すまん、同胞よ」 「……わかればいいんじゃ、ボブソンさん」 埼玉県のとある山奥の旅館。 立派とはお世辞にも言えないそこでは、引退した未婚のサンタクロース達が、クリスマス当日に盛大な餅つき大会を開催していた。 「ところで、何故『埼玉年越屋』と?」 「埼玉がすきなんじゃ」 「クリスマスへの当てつけに、先走り年越しを祝ってやろうとな」 「何故『旅館』?」 「同じような奴がこの時期泊まりに来るかと」 未だかつて。 『埼玉年越屋』に、客が訪れたことはない。 (温泉もあります) _20081201 酸欠参加作品 埼玉年越屋 © 楽観的木曜日の女 |