朝起きると、あきらは隣にいなかった。枕元のサイドテーブルにはお金と「また近々」と殴り書きの字でメモが置かれて、また近々って...私がバーに行かなかったら会えないじゃない。なんて私は小さく笑った。






『え?』


「だから、あの人ここの従業員じゃないんです。たまたま飲み会帰りに友達だかが気持ち悪くなって、トイレ貸したら、お礼にってわざわざ1回働いてくれただけなんですよ」






「今時、律儀ですよね」なんて顔馴染みの店員の言葉に『そう、ですね』と言って頼んだお酒をゴクリと飲み込んだ。あきら、と名乗った男にホテル代で置かれた多めのお金を返そうとして、いつものバーに来た私はその話を聞いて唖然とした。近々会えるかもね、なんて言った癖に全然会えないじゃない。ま、一晩限りだったし、仕方ないと言えば仕方ないか。なんて諦めた様にため息を吐きながら、目の前のお酒を減らしていく。あきらと会ったあの日から6日目、正確には明日で1週間。あの日以来一晩限りをする気になれなくて、なかなかバーに顔を出さなかった。今日だってその気にもならないし、帰って明日の仕事に備えようかな。それに明日は新人が来るらしいし。なんて私はバーに来たばっかりなのにささっとお会計を終えてお店を後にした。



















「田中さん、今日から来る新人の方見えました」


『はーい!すぐ行きます』




時刻は9時ちょっと過ぎ、人事の人が秘書課に顔を出してきて、私は書類の山を整理しながら声を張り上げた。この前から社長が長期休みを取ったせいで、取引先からのメールがバンバン私に回っていて、朝はしばらくメールの返信でバタバタしてる。こんな時に限って、新人なんて、社長も何考えてるのかしら。今回入ってくる新人は私の補佐ということで入ってくるらしいけど、社長のお墨付きってことで、社長直々に面接したもんだから、私はまだ会ってすらいない。秘書課に入るんだったら私に一言ぐらいあってもいいのに。ま、そんなところも好きだけど。なんて思いながらエレベーターを降りてエントランスへ向かうと、「あ」って声がして、椅子に座っていたその人が立ち上がる。立ち上がった人物に近寄って驚いた。だって、あきら、と名乗ったその男だったから。





『え?あなたどうして...』


「今日から入社する仙道です。よろしくね、花子ちゃん」


『え?え?なに?』


「近々会えるかもねって、言ったでしょ」





そう言いながらクスクスと笑った仙道と名乗った男に、私は眉を寄せながら『ちゃん付で呼ばないで』なんて口を尖らせた。







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