『あの時言ってくれれば良かったのに...あなた、性格悪いわね』


「あはは、そうかもね」




「もう、彰って呼んでくれないの?」なんて言いながら困った様に笑う仙道さんに、私は『言わないわよ。それに、敬語使いなさいよ。先輩よ』なんて言ってやり取りをしていたのは、初めて仙道さんと会ったバーだった。バーカウンターにいる店員さんに「この前はありがとうございました」なんて言われて「いえいえ、こちらこそ。その節はお世話になりました」と、小さく笑った仙道さんは、私に視線を戻して「今晩どうですか?」と、隣に座っている私の太ももを片手で触る。私はその手をバシッと叩いて『職場の人とはそう言うことしないの』なんて眉を寄せるのに、仙道さんは「そっか。残念」と、全然残念そうに見えない顔をしてお酒のグラスを空けていく。





「忘れられそう?」


『え?なにを?』


「好きな人のこと」


『どうかな...しばらく顔合わせてないから...』





『ま、失恋したてで顔合わせなくて済むのは助かったけど』なんて皮肉じみて笑った私の手を仙道さんが握ってきて、私は思わず握られた手に力を込める。『なによ』なんて口を尖らせれば「俺が、忘れさせてあげる」なんて言って私の唇を静かに奪った。触れるだけのキスなのに、この前した様な熱い口付けを思い出して、私の顔が徐々に熱くなっていくのと同時に酷く頭がクラクラする。私は仙道さんの胸をググッと押して『ここ、お店だから』なんて顔を逸らすと「お店じゃできないこと、しようよ」と仙道さんが私の耳元で艶っぽいような声で囁いた。私はしばらく何も言えないまま、下唇を噛んで考える様に瞼をギュッと閉じる。なに?そんなに、ヤりたいの?一晩限りでこの前寝なかったから?同じ会社の、なんなら私の部下みたいなものなのに、どうしたらいいのよ。なんて考えてる間に、徐々に私の内腿をなぞっていく指が私の下腹部目掛けて進んでく。私はストップ!とでも言う様に、仙道さんの前に両手を広げて『わかった!わかったから...ここでは止めて』なんて言って諦めた様に声を荒げた。仙道さんは「はいはい」と意地悪そうに笑って、続け様に店員さんにお会計を頼んでいた。私はなんだか悔しくなって、下唇を噛んだまま鞄から財布を取り出すと『この前払ってくれたから今日は私が出す』なんて店員さんが告げた金額をカウンターに置いて先に店を出た。なんであんな男に振り回されなくちゃいけないのよ。忘れさせてあげるってなに?そんなに簡単に、牧さんのこと忘れられるわけないじゃない。なんて思いながら腕を組んでいたら仙道さんがお店から出てきて「じゃあ、行こうか」なんて言って腕を組んでる私の手を掴んで歩き出す。




『ちょっと、どこいくのよ』


「ホテル?それとも、俺の家がいい?」


『...どこでもいい』


「わかった。じゃあ、タクシーつかまえようか」

















タクシーに乗り込んだ後、着いたところはマンションで仙道さんは「俺ん家」と言って私の手を掴んだまま歩き出して、エレベーターに乗り込んでいく。私は黙ったまま仙道さんの後をついて行って、仙道さんが足を止めた途端に私も足を止めた。ガチャッと鍵が開く音がして「散らかってるけど、どーぞ」なんて言ってドアを開けた仙道さんに、『...期待してないわよ。お邪魔します』と、可愛げのない言葉を呟いてパンプスを脱いで部屋に上がっていく。一晩限り、と言うことを結構してきたけど、誰かの家に上がるのなんて初めてだった。大体ホテルだったし、なんだか新鮮でドキドキしてしまう。彼氏もしばらくいなかったし、男の人の部屋に久しぶりに入ったから、とキョロキョロしていた私に「恥ずかしいから、あんまり見ないで欲しいんだけど」なんて仙道さんの声が聞こえて、私は思わず『ごめんなさい』と素直に謝ってしまった。リビングのドアを開けると、ベットと机。となんともシンプルな部屋で、散らかってる様子もない、と言うか、生活感があまりない。最近流行のミニマリストってやつ?なんて思っていたら、私の考えてることなんか丸わかりみたいに「最近引っ越してきたから、物がないだけ」と、仙道さんが後ろから腕を回してきた。





「すげー俺の部屋見るね。俺に興味出てきたの?」


『ち、ちが...!男の人の部屋に入るの久しぶりだったから、気になっただけよ...』


「そーなんだ。じゃあ俺のことも、少しは気にして欲しいな」





「部屋だけじゃなくてさ」なんて吐息まじりの声で囁きながら、後ろから私の耳にちゅっと唇を寄せてきて、すぐにペロリと舌で舐め上げられる。耳を舐められてるだけなのに、上手いせいなのか、頭まで響いていって、私の頭の中が溶けるみたいに熱くなっていく。「シャワー浴びる?」なんて囁かれた言葉に、私は『そう言うのいいから、早く』と、1週間前のやりとりを繰り返すみたいに言ってから、顔を仙道さんの方へ向けると、仙道さんが応えるみたいに私の唇を奪っていった。徐々に深くなっていく口付けに、私の身体がどんどん熱くなって、今までに感じた事のないような感覚が私の身体にゾクリと走る。口付けながら器用に私のスーツを脱がしていく仙道さんに『体制辛いからベッド、行きましょう』なんて呼吸を整えるみたいに呟くと「いいよ」なんて優しく笑った。








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