Chapter 4


 わずかな気流に扉がずれて、蝶番が軋みをあげる。
 こちらに背を向けたまま、青年が首を傾げたように見えた。わずかに揺れた白銀の短髪が、眩くもやわらかな燭火を弾く。弾かれた燭火は雫のように滴って、青年の纏う深緋を濡らす。深緋は身を起こし、立ち上がる。祭壇に背を向け、扉へと歩み出し、深緋は整った靴音を響かせる。無数の燭火は、瞬き、ゆらめくことを繰り返して、礼拝堂を塗り潰す。その眩さが深緋の顔を影とするから、深緋の表情がわからない。

「アンスガル」

 擦れ違い様、深緋に呼びかけようとした。

「失礼する」

 返答ですらない声音だけを落とし、歩を緩めることもなく、深緋は去っていく。呼び止めることもできずに立ち尽くしていると、遠のいていく靴音の残響が消え、周囲に静寂が充満する。
燭火に誘われるように、扉をくぐった。行き場なく渦巻いている燭火の瞬きと、嗅覚を塞ぐような噎せるような花の香に、眩暈を覚える。
 祭壇の前の床には白の花が敷き詰められ、少女が横たえられていた。
この口が花嫁と呼んだこともある少女を埋めている花の海に、握っていたはずの手から花束が滑り落ちる。少女というかたちをした途絶に圧倒され、夢見るように瞼を落としている少女を前にしても、ただ立っていることしかできない。
 砂糖菓子のようであったヴェッターグレンの姫君は、砂糖菓子のようであるままに、腐りかけた花の海に沈んでいた。唇に刷かれた紅は燭火に曝されて艶めいている。静止した唇に眼を這わせると、ゆるやかな曲線の片隅で、乾いた砂壁が剥がれたかのように、紅の艶がわずかに欠けていた。

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