Prologue




 さわさわとやわらかな新緑がそよ風に揺れていた。夏に向かって次第に鋭さを増していくものの、初夏の陽光はまだ白く、穏やかであたたかだ。
 どことなく平面的な蒼い空にぽっかりと浮かんだ鮮やかな白の雲が流れてゆく。空の高いところと低いところでは風の速さが違うのか、地上から空を見上げると、ゆったりと流れる雲の向こうにそれよりも急いで流れる雲の姿が重なって見えた。

「ひとつの滅びの話をしようか。理想と願望、野望と思惑。混迷を顕現し、変革を実現し、各々が各々の大切としたいものを護ろうと悲痛なまでに渇望して――――未だその結末を詳らかにはしていない滅びの話を」

 響いたのは玲瓏で耳に心地よい青年の声音。四方を壁に囲まれた圧迫感を覚えるほどの小さな中庭で、繁茂する緑に埋もれるように置かれている長椅子に腰掛けた青年が場違いなまでに枝葉を伸ばす樹樹たちを眺めながら静かに語り始める。青年の傍らに座る亜麻色の髪の女の子が、困惑した様子で青年の横顔を見上げた。
 青年は幼子に向き直り、ふわりと微笑する。

「そんなにかまえることはないよ。別段、難しいことを話そうとしているわけでもない」

 わずかに身を屈めて大きな蒼の目を瞬く幼子の目線に己のそれを合わせ、青年は静かに瞼を落とした。風にそよぐ大樹の葉に合わせてゆらめく緑陰が、風に揺れる青年のやわらかな白金の髪に流動的な濃淡を描いて踊る。
 白い雲が蒼い空をゆったりと流れていった。
 ほどよく冷えた爽やかな風に、さらりと下草が、ざわりと樹樹の葉が、軽やかに、重々しく、そよいでいて。

「端的に言うなれば、これはただの愚か者たちのおはなし」

 世界のすべてに祝福をもたらすかのようなやわらかな音律は吹き上がる風にさらわれて、果てのない蒼穹に散じてゆく。

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