Epilogue
街は午睡にまどんでいた、穏やかな昼下がり。天井近くに並ぶ明り取りの窓から、ぼやけた光が迷いこむ。
ティエル第一層――路地裏にある、半地下の酒場。
「これはどういうことなの!」
心地良く冷えた石壁に、鋭い声が跳ね返った。萎縮するオルトヴィーンとギィの前に、両手を腰に置き、眉を吊り上げたリーザが立ちはだかる。その時、来客を告げる鐘が鳴った。店に入ってきたヴィロックが、小さくなっているふたりの傭兵と、彼らを叱りつけているとしか見えないリーザに、呆れたような眼を向ける。
「どうしたんだ?」
ヴィロックを見遣り、リーザは深い溜息を吐いた。
「オルトさんが伝説の石臼を手に入れたらしいわ。それはもういいお値段で」
「オルトさん?」
珍しく虚をつかれたような顔をしたヴィロックに、あることに思い至ったリーザは店内に眼を這わせる。もとより客の来ない酒場だが、この時に店内にいたのは、リーザとヴィロックのふたりだけだった。常であればおっとりとしている、リーザの翡翠の目が鋭さを帯びる。その時、先ほどヴィロックが入ってきた扉から、良く似た面差しの少年と少女が顔を出した。
「傭兵のおじさんたちなら、さっき走って出て行ったよ」
「これぞ退却の好機、って、叫んでた」
「なんですって」
剣呑さを纏い、リーザはシグルとアニタの間を割るように外へと駆け出していく。
「待ちなさい!」
風に運ばれてくる声に、兄妹は顔を見合わせた。ヴィロックが苦笑しながら肩をすくめる。
「いいか、ふたりとも。無駄遣いをするとああなるからな」
シグルが首を傾げる。アニタも小首を傾げた。
「ヴィロックも追いかけてくるの?」
「くるの?」
闇医者は投げ遣りに片手を振る。
「多分な」
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