Chapter 3
「君こそ、らしくない。こんなところで何をしている?」
乾いた唇から零れたのは、玲瓏とは程遠い、かすれた音。
「そうね、何をしているのかしらね」
ゆるく、女の朱唇が弧を描く。沈むように緩慢に、男の目が鋭くなった。睨めつけてくる淡い藍を、つくりの甘さを裏切って怜悧さの際立つ女の蒼が受けとめる。張り詰めた冷ややかさを纏う男の目と、ほのかな苦さを孕みながらわずかに細められる女の目。女の親指が男の瞼をなぞり、目を伏せざるをえない男は震えるように浅く息を吐いた。胸につかえるような蟠りやぐらつく悲憤のようなものを上手くできないでいる呼吸に紛れこませながら、男は目を伏せたまま女から眼を逸らす。闇を蕩かした淡い藍にゆらめく炎が映りこみ、煌きのような艶が生まれた。
静寂が闇に染み渡り、静謐が沈黙を駆逐する。ささやかな灯がやわらかな光をさざめかせた。
「そこにいるのが君である必要はないだろう?」
囁きのような吐息のような音が、唐突に、意味を撒く。
「そうかもしれないわね」
まろやかで澄んだ声が、響いた。
「だけど」
問いかけと納得だけが理解を無視して交錯する闇。
「それなら、どうして、貴方はここにいるの?」
唇だけが微笑をつくる女。小首を傾げる女の、すべてを覆う闇の中においてすら艶やかな緑髪が散る。女を見上げる男の口の端が吊り上がり、嘲笑のような失笑のようなものが刻まれた。
「愚か、だよ」
かすれた断言は返答と呼べるようなものではなく。
「貴方も、どうしようもない愚か者だわ」
「そんなもの、棄ててしまえばいい」
わずかに顎を引いて俯く男の、聞き分けのない幼子のような、平坦を欠いて揺れ動く声音。女の投げる言葉と男の放つ言葉は、どこか噛み合わないまま消えてゆく。
不意に、鎖が鳴った。
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