Chapter 3


 躊躇いがちに伸ばされた女の指先が、大気に強張っている男の耳を掠り、白金の髪に触れた。指に絡まることなくばらけていく髪のやわらかさを懐かしむように、ほのかに留まっている微熱の名残を愛おしむように、女は男の髪を梳く。
 女の親指が男の頬を撫でた時、かすかに男の睫毛が震え、ゆるゆると緩慢に、薄い瞼が持ち上げられた。大気に曝されたのは、女が記憶しているよりも一回り小さな印象の男の、女が記憶している通りの藍とも紫ともつかない光のゆらめきによって色彩が流動する左の目。その身に刻まれた傷が生む熱に浮かされているためか、揺れ踊る炎の仄かな光を捕らえたその目は艶を孕む。ぎこちなく擡げられた首と、ぼんやりとした面。やがて、茫洋としていた片目は焦点を定め、軽く瞠られると同時に驚愕に揺れた。額を覆うことも項を隠すこもともない男の髪を梳きながら、女は小首を傾げる。

「随分と好き勝手にさせているみたいだけれど」

 石壁の高い位置に礎を打ちこまれた鎖に繋がれている男と、冷え切った男の耳に温さを与えるように繊手を伸ばす女。

「らしくないわね。こんなところで何をしているの?」

淡々と紡がれる音律に潜むのは、呆れのような怒りのような感情のゆらめき。
驚愕に揺れていた男の目が冷徹さを帯びる。男の肺が大気を吸いこんだ。喉につかえたそれに咳きこみながら、それでも男が女を見据える眼を逸らすことはない。
鮮烈な残像を闇に灼きつけながら、蝋燭の炎が踊った。

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