Chapter 3
男に覆い被さるように身を傾げ、女は男の顔の横で肘を折る。そして、女は男に填められた手枷と壁とを繋ぐ鎖をその細い腕に絡ませながら掴んだ。男の目が瞠られ、繊手に反らされた喉が大気に曝される。細い顎を指で持ち上げて男の呼吸を奪った女は、石壁をずり落ちる男の背にそれまで鎖に絡んでいた片腕を回した。やわらかな白金の髪を掬うように指を滑りこませながらその手のひらに男の項を捕らえた女の肩に、手枷の鎖を鳴らしながら抗うように持ち上げられた男の手が掛かる。華奢な肩を掴む握力すらないその手は、辛うじて、触れるようにそこに留まった。女に捕らわれたままの男は、かすかに眉根を寄せ、眼を横に遣り、そして、何かを手放すかのようにわずかに潤んだ目を薄い瞼で覆う。
石壁を伝わったのは荒々しい鳴動。頭上の中央広場にて生まれたらしいその振動は、地鳴りのように鉄格子をがたつかせる。
女の肩から男の手が滑り落ちた。わずかに開いた朱唇から零れる吐息が男の唇に熱を与える。男に大気を吸いこむことを許した女は、その朱唇をもって男の冷えた瞼を撫で、白金に唇を這わせながら、男の薄い身体に大樹に絡む蔦がその幹を締めつけるがごとく両の腕を回した。傷の軋む苦痛に眉をひそめる男が小さく呻くが、男の耳裏に吐息を零す女が抱擁する腕を緩めることはない。それは、掬い取った雪の結晶を大切に抱いていればいつまでもそこに留まると思いこんでいるかのような、抱いたものを固く握りしめていれば決してその指の隙間から零れ落ちることはないと信じこんでいるかのような、ただ頑なな、我が儘めいた仕種だった。
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