Chapter 3


 連れられた先の、小部屋とも呼べないような、申し訳程度に布と組み合わせた木材で空間を確保しただけの場所。土を固めただけの床に投げ出され、背中に片膝を置かれて押さえつけられた僕は、片頬を土に押しつけて伏せざるをえない。
 陽炎を生み出すほどに燃え盛る炎が見えた。炉の前に屈んでいるのは僕を押さえつけているのとは別の男の背中。炎の熱が彩る不安定な色彩が揺れるそこは、夜の闇がひどく甘く、滞留する熱気には夜風の心地よさなど微塵も感じられない。
 炎の前に屈んでいた男が、先端を炎に浸していた鉄を手に立ち上がった。治りかけの傷にへばりついた布を肩口から引き剥がされる。

「やめろ」

 片肘を振り上げて身体を起こそうとするも、すぐに押さえこまれた。

「はなせ」

 土に爪を立て、絞り出すように、呻く。

「放せ」

 言葉そのものを、陽炎に刻むように、声を上げて。
 喚いたところでどうにもならないということくらいは解っていた。
 所詮、濃紺から逃れたとて、焼け爛れた土地で飢え朽ちるか身ぐるみを剥がれるか、行き着く先にあるのはそんなものであることくらいは判っていた。
 ここで逃げ延びたとて行く末はさほど変わらないことくらいは解っていて。
 それなのに。
 漂う熱に背中が泡立った。ひりつくその気配に更に抗い始める僕を、痙攣を起こす子どもを押さえつけるように、男が圧する。女のものであろう紋章が彫られた蕩けそうなまでに熱せられた鉄が、その図形をこの身に焼きつけることは確実で。
 爪が剥がれるまでに手に力を籠めることも、喉を仰け反らせて悲鳴のような声を撒き散らすことも、無様に四肢をばたつかせることも、いくら潰されたとてやめられない。
 それがどうしてなのか、そんなことはわからなかったけれど。

「放せ!」

 他に生き延びる術など皆無に近いことを理解していてすら、漠然とした蟠りしか抱けないくせに、この先に待ち受けるであろうものを是とすることができない。
 何を手にしているわけでもないのに、何を失うのかなど判っていないくせに、それを手放すことだけはしてはいけないような気がして。
 鼻腔を擽る臭いに、感覚は麻痺し、意識は現実を追い出す。
 おそらく。
 あの時、僕の中で何かが消えた。

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