Chapter 2
細く白く、深く黒く透き通った曇天に勢いをもって湧き上がる狼煙が見えた。
遥か遠く、強く冷えた風が運ぶうねりをもって爆ぜる歓声が聞こえた。
「どうしてラダル氏を止めなかったのですか?」
海運都市ウェルラミウムの中央広場を囲む建築物の中心を成す聖ルス教会の聖堂。常ならばやわらかな陽光が剣と天秤を象ったステンドグラスを透かして降り注ぎ荘厳な空気に満ち満ちているその場所はどこか殺伐としていて、真正面から見上げてくる大きな菫色の目はどこまでもまっすぐだった。
この子はとても聡いから、上辺だけの言葉などすぐに見透かしてしまうだろう。だから私は嘘ではないことを言葉足らずに口走る。
「すべては陛下の御為に」
こちらを見上げたまま鋭くなる菫色の目。開け放たれた扉が閑散とした街並みとぼやけた曇天と同じ灰色の海を切り取る。そこから吹きこむ潮の香を孕んだ風が、その菫色の炯眼とは対照的な感情を抑えた顔を縁取る黒髪を玩ぶ。
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