Chapter 3
「実のところ、彼女はエマヌエーレ公爵家の血筋ではないんだ。もっとも、帝国三大公爵家は、とりあえず分かれてはいるけれど、そのすべてが姻戚関係でつながっているようなものなのだけれどね」
私がリラにこのことを話したのはティエルにある兄上の館の一室だったと記憶している。
「どうしてそんなことぼくに教えるんですか」
今となっては懐かしいものではあるのだけれど、あの頃のリラのどことなく硬い表情と声音は警戒心と虚勢が綯い交ぜになったもので。彼が私の許に来ることになった経緯を鑑みれば、その反応は当然と言えた。
「これは公然の秘密だから。公言はしないけれど皆が知っている」
そう。それは人々の口の端に上らないだけの――――それほどまでに当然と認識されていること。
「それでも彼女は生かされた。その理由は、嫡子に何かがあった場合の、保険のようなもの。まぁ、他にも理由はあったのかもしれないけれど、私には判らない。ともあれ、彼女は生かされ、その嫡子とやらに何かがあってしまったがゆえに、公爵、そして皇帝となった」
風にそよぐ庭木の窓硝子を叩く葉の音はどこか雨音に似ていて。
「無冠帝エレクティオン。無冠帝とは呼ばれているけれど、彼は皇帝ではない。もっとも、諸侯の反感を買わなければ、選帝侯の承認を得ていなくとも、彼は事後承諾的に皇帝となれたのかもしれないけれどね」
この子と兄上を引き合わせるべきではなかったということは――まだ早すぎるということは――重々承知していたのだけれど。
「当時の帝国は内部分裂を起こしかけていた。それが、温厚と知られたベルナドット公爵エドゥアルドの治世の後半。まぁ、後に彼は冷酷帝という二つ名を獲得することになるのだけれどね。ともあれ、帝国内の不安定さは皇帝の退位を望む声を生み出した。その急先鋒が、エマヌエーレ公爵アンジェロ――女帝ラヴェンナの、兄とされる男」
彼女の父は冷酷帝、彼女の母はブランデンブルク辺境伯――つまりは、選帝侯。おそらく、アンジェロの父アルノルドは恩を着せる相手には不足なしという認識で彼女を自分の子としたのだろうか。
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