Chapter 3


「既存勢力としてのベルナドット家、そして、現状を打破しようというエマヌエーレ家。一生を舞台裏で生き抜くはずだった女帝が表舞台に出てくることになったのは、当主が病床に在って静観を決めこんだアクィレイア家を除いた、二大公爵家の対立」

 それは――統一を至高とする帝国貴族は口が裂けても言わないだろうが――事実上の内乱。そして、私の傍らで椅子に座り、口を引き結んで手に力を籠めているリラが、帝国に来ることになったそもそもの要因のひとつ。

「皇帝の責が帝国に安定と繁栄をもたらすものであるとするのならば、確かに、その状況は皇帝たる者の責が果たされていないものであると言えた。そして、皇帝は反対勢力の平定という形でその責を果たそうとした」

 そのための各地への派兵――冷酷無比なその戦い方が皇帝エドゥアルドに冷酷帝という名を与える。
 だが、とある一戦での傷がもととなり床に臥した皇帝は、その後、帝都に留まらざるをえなかった。それ以降、実際に指揮を執ったのが、皇帝の嫡子――エレクティオン。無冠帝と呼ばれる男。

「しかし、おそらくそれは――皇帝の責務がどういったことであるのかということについては――諸侯との間に認識のずれがあった」

 わずかに、リラが顔を上げる。

「ずれ、ですか?」
「そう、ずれ。認識の相違と言ってもいい。帝国とは、教会領なども含め、基本的には諸侯の領地の集まり。つまり、各領地の自治権はその領地の主たる諸侯に在る。皇帝が徒に諸侯に係わることは、その領地への干渉しか意味しない。つまり、どこの誰が誰と手を結ぼうがそれは基本的に領主の勝手であるし、それは領主の権利であって、その権利を有する限り領主は自領を治め守る責務も負う。だが、間違ってもそれは皇帝の責務ではない。彼らにとっての皇帝の責務とは、帝国外から来る自らの行動を制約するあらゆるものを排除すること。そのためなら帝国貴族として彼らは協力を惜しまない。だからこそ、教会をも、皇帝は手中にしている」

 教会なるもの。神話を体現し、救いを操る。現在の教皇の空位は、過去の皇帝の大空位時代に帝国凌ぐ権威と権力を得た教会の、その煌びやかな逸話を纏う最後の教皇ベルセリオスが137年に神の御許に召されて以後、ずっと続いている。帝国にとって教会とは獅子身中の虫であるが、手のひらの上で踊らせる分には使い勝手のよい存在なのだろう。

「だけど、それもまた滑稽な認識でしかないのかもしれないけれどね」

 そこで私はひとつ息をつく。

「何も移りゆかないなんて、そんなことはありえない。雲が流れ風が吹くのと同じように、当たり前のことが少しずつ重なって当たり前ではない何かに変わってゆく。でもそんな変化は本当にかすかなものでしかないから、たとえ後から見れば当然の結果であっても、その時はどうしてそんなことが起きるのかなんてまったく解らない。そんなかすかなものの積み重ねの帰結を激動と呼ぶのなら、激動ではない時代なんて、どこにもないんだ」

 おそらくは、私が、リラが、兄上が、ラヴェンナが、皆が今のこの場所に在るというそれだけのことですら、そのかすかなものの積み重ねの中のひとつにあたるのかもしれない。
 ぱらぱらという軽やかで弾けるような音が、枝葉を揺らす風を思い出させる。
 わずかの沈黙の後、寝台で枕をクッション代わりにして上体を起こしている私をまっすぐに見据え、リラが口を開いた。

「どうしてぼくを庇ったんですか」

 状況が理解できないことに苛立っているのか、無表情を保とうとするその努力は声にまでは反映されていない。その素直さに微笑ましさを覚える。

「君は大切な人質だからね。生きていてもらわなければ困る」

 あえて微笑してみせた私に、リラの柳眉が逆立った。

「だからといって、それは貴方が怪我をする理由にはならないでしょうがっ」

 ぎしり、と、寝台が軋む。そのわずかなゆらぎに遅れて重い左腕を鈍い痛みが伝った。椅子から立ち上がり寝台に手をついたリラは、捲くし立てるように続ける。

「なんで子爵とぼくとの間に入ってきたりしたんですか。邪魔しないでください。貴方、馬鹿なんじゃないですか? あのまま放っておいてくれれば、今頃ぼくは子爵を害したものとしてそれなりの処分を受けていたのに。そうすれば貴方だってお荷物はなくなるし、万々歳でしょう」

 私は、今日、兄上とリラを引き合わせた。兄上に引き合わせることはその妻の実家たるサディヤ侯爵につながることをも意味する。

- 68 -



[] * []

bookmark
Top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -