Chapter 3
ファウストゥス暦415年、冷酷帝、ブランデンブルク辺境伯領を侵攻。カドベリー・カースル族、ダーナ神教よりヴァルーナ神教に改宗。
同417年、デケンベルの月の第19日。冷酷帝エドゥアルド、崩御。これを受け、エドゥアルドの嫡子たるベルナドット公爵エレクティオンが選定公会議の決議を経ずに一方的に即位を表明。それに端を発したのがファウストゥス暦417年のベルナドット公爵エレクティオンとエマヌエーレ公爵アンジェロの対峙。帝国三大公爵家のうちのふたつが絡むこの戦いにおいて、ヤヌアリウスの月の第21日、エマヌエーレ公爵アンジェロ死亡。その後任として事態の収拾を図る聖俗の諸侯は、聖界に在ったアンジェロの妹を還俗させ、エマヌエーレ公爵とする。この帝国内の不安定さを嗅ぎ取ってか、アレス王国に背を押されてしまったカルヴィニア公国が挙兵、ヴォルガ河防衛線が勃発。同年、フェブルアリウスの月の第8日、数年に亘り病床に臥していたアクィレイア公爵ガイウス、他界。
そして、ヴォルガ河防衛線の勝利の余韻の残るマルティウスの月の第11日、夜半。
白亜の城の紅の玉座、帝国の始まりより幾度となく朱に染まってきたその場所が再び朱に染まる。
「平定と爛熟。これを実現するためにはそれに反するすべてを消せばいい」
剣の柄に手をかけそう呟くのは緑髪の女。
「覚えているかしら。かつて私にそう語ったのは、他ならぬ貴方なのだけれど」
ちらつく橙の光。白亜の壁に並ぶ燭台の下、壁際に整然と並ぶのは、玉座の主を護るべき深い紅の衛兵。
白亜を染める朱の、その主。後に無冠帝という呼称を獲得することになるその青年の面影は、どこか、青年を刺し貫く女のそれと似ていて。
そこに響いたのは、ひどく場違いな、間隔のある軽薄な拍手。
「我らは承認しようではないか」
靴音も高らかに現れた単眼鏡の男が軽い調子で宣言する。
「ラヴェンナ・ヴィットーリオ・エマヌエーレ。エマヌエーレ公爵ラヴェンナ。この者こそが、次の皇帝だ」
近衛兵に護られた謁見の間を玉座に向かってゆったりと進むその男に続くのは、四人。
「帝国たるこの者に、すべての幸よ、降り注げ」
舞台俳優のような響く声。どこか胡散臭い響きのそれの主は、その場に揃った五人の選帝侯を従えるように前に出た、ひとりの選帝侯。蝋燭の灯火が描き出すやわらかな不安定さは水面にも似たさざめきを白亜の床に落とす。
「私は、何も、間違ってはいない」
静寂にすら負ける、掠れた声。青年の心臓を刺し貫き玉座に縫いとめるその女は、図らずもその耳もとで囁かれることになったその言葉に敏感に反応してやる。
「正しいから勝つ? 笑わせないで」
その朱唇は笑みのかたち。その声音は、失笑のそれ。
「正しいから勝つわけじゃない。正しいから生き延びるわけでもない。勝つから、生き延びるから、自らを正当化できるだけ。それ以上のものじゃないわ」
引き抜いた剣の軌跡を朱の飛沫が追い、既に朱に埋もれている白亜の床に青年は頽れる。
ファウストゥス暦418年、マイウスの月の第14日。
選帝侯をはじめとする諸侯に担ぎ出され、無冠帝エレクティオンを弑逆し。
女帝ラヴェンナ、即位。
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