短編 | ナノ

 壱

リリリリリリリ!
『先生!お願いですから一度だけでも……!!』

リリリリリリリ!
『今回の作品で感動しました!ですから一度でいいので……』

リリリリリリリ!
『先生が出向かずともワタシどもが先生宅に……!』

ガッチャン!!

「――……やかましい!」


俺はついに痺れを切らしてリンリン鳴る年代物の電話を乱暴に切り、線を抜いた。朝から晩まで屋敷に鳴り響く電話はうるさくて、何をするにも敵わない。


「くすくす……かけてくる出版社に僕がイタズラしてこよっか?」
「やめろ。洒落にならない」


俺は「誰もいないはずの空間」に話しかける。俺だけに聞こえる声は「くすくす……兄さんが言うならやめるよ」と言った。


「それよりさ、ご飯の時間だよ」
「いらない」
「ダメ。兄さん、最近執筆で忙しく何も食べてなかったじゃん。食べなきゃその口にねじ込むからね」


「ふわふわと浮いた身体」を操り、俺の前で顔を膨らませる。
――コイツは俺だけに見える幽霊・幸太。前世の俺に執着し「兄と魂の繋がりを持つ」ことを悪魔に願い、今世でそれを果たしたはた迷惑な幽霊。
あまり食欲は湧かなかったが、幸太は俺が頷かなかったら絶対にさっき言ったことを実行するだろう。


「……わかったよ、食べる」
「そうとなれば、早く早く!」


頷けば。幸太は嬉しそうに笑い俺の背を押した。
幸太は幽霊のくせに、料理は作れるわ、俺に尽くすわ、でも構ってちゃん困ったちゃんだからいつどこでも俺のそばを離れないせいで、変人と扱われ、俺は孤独だ。
――でもコイツが居るから孤独じゃない。


俺はどこか矛盾の孕んだまま、人から距離を置いて屋敷に引きこもり、「奇談作家・狭部悠一」(本名)として仕事をしている。








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