空白

 世界には空白になる時間がある。

 火曜日と水曜日の間、きっかり19分42秒だ。ん、どこがきっかりだって? まあ、いいじゃないか。細かい事は気にしないで。
 その空白の時間、人は全て居なくなる。誰も居ない、人っこ一人居ない。静かなものだ。

 その世界は空白だから誰も気付かない。そもそも誰も居ないのだから気付きようがない。

 空白に僕は独り佇むのだ。

 人の居なくなった世界を歩く。建ち並ぶビルディングが倒れてきそうで4車線の道路の真ん中を歩く。
 信号が青になり、交差点を進んだ。広くて半分を越えた辺りで黄色になり、赤に変わったがそのまま歩いた。どうせ車は走らない。置物のように止まってる。

 街の時計は止まっているけれど、僕が唯一持つ腕時計は正常に動く。見ると長針が傾いていた。

 もう5分経ってしまった。あと14分足らずで着けるだろうか。

 少しだけ早足で進む。目的地などないけれど、無性に会いたい気がする。それが何かも分からないのに、僕の足は知っているみたいに動くのだ。

 ビル街を過ぎて駅が見えた。初めて見る駅だ。中にはやっぱり人は居ない。閑散としている。
 改札機を無視して通る。後ろでけたたましい音を立てているが、階段を上ってしまえば聞こえなくなった。

 ホームに電車は来ていない。

 何故かがっかりしている僕がいた。電車に乗りたかったのだろうか。しかし僕は電車があまり好きではないはずだ。

 分からないままホームを歩く。売店を越え、ベンチを越え、端まで来てしまった。そこからは線路が見えるだけだ。

 まっすぐ続く線路だ。

 ホームから飛び降りて線路の上を歩く、否、走る。残り時間は僅かだ。

 息がきれてきた頃、正面に電車が見えてきた。不自然に止まっている電車だ。きっと僕はあの電車に会いたかった。違うな、この言い方では語弊がある。あの電車に乗っているだろう人に会いたいのだ。

 唐突に思い出すのは、世界の誰もが居なくなる空白の時間に唯一現れる人。

 あと少しで着く。扉は無理にでも抉じ開けよう。それか窓越しでも構わない。ああ、やっと会えるのだ。

 電車の傍まで行き、窓を見上げた。長い黒髪にワンピースを着たキミが、―――――





 時計塔が12時を知らせる鐘を鳴らしている。どうやら空白の時間は終わってしまったみたいだ。
 僕は自室のベッドの上にいた。腕時計を見るとやっぱり19分42秒進んでいた。

 けれど、僕は今回何をしていたのだろう。駅まで行ったのは覚えているけが、その後があやふやだ。それとも着いたところで終わったのだろうか。そうかもしれない。おそらくそうだろう。

 僕は深く考える事を止めた。考えてはいけないような、気になる事ではないように思えたからだ。
 それにどうせまた来週も空白の時間は来るのだから。その時に分かるだろう。

 そう結論付けて、僕は目蓋を閉じた。空白の時間は記憶の彼方へいってしまった。



 だから僕は知らない。毎回、誰かを探している事を。毎回、忘れるように考えないでいる事を。毎回、出会えたあの人が一瞬哀しそうに笑っている事を。


空白に起こる出来事

さまようキミと、



20110905

ススム モクジ モドル



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