仲間入り
質屋と関連ありです。が、読まなくても支障はないと思います
夕暮れの薄明かるい雨の日、彼女は赤い傘をさして歩いていた。行き先は勤め先の天童質屋。特に出勤日ではなかったが、暇だったため行く事にしたのだ。つまりはただの暇潰しだ。あばよくば夕食も食べていこうとも思っている。
近道である公園の中を歩いていた時だ。滑り台の下、なんとか雨が凌げるその場所で膝を抱えてうずくまる影を捉えた。子どもと言うには大きく、大人と言うには頼りない体つきだ。
数歩の間それを眺めていた彼女は、通り過ぎようとした足を止めて滑り台へと進んだ。
「何やってんの?」
立ったまま聞いた。足音を立てていたが気付かなかったようでそれはびくりと震えた。
「家出?」
ゆっくりと顔をあげるそれと目を合わせた。ビー玉みたいな瞳が揺れる。彼女には違うと言っているように見えた。
「家出じゃないの? じゃあ迷子? それも違う?」
傘の柄を肩に乗せて、くるくると回して彼女は考えた。水しぶきが飛ぶ。
「じゃあ…、捨てられた?」
思い付いたままの言葉に、それの瞳が今までとは違う揺れ方をした。彼女には肯定に見えた。傘を回していた手を止め、ため息を吐き出した。
「ばっかじゃないの? 何、簡単に捨てられてんの? 少しは抵抗しなさいよ。…まぁ、居たくもない場所だったなら仕方ないけど」
最初は荒く、最後はほとんど口の中で呟くようだった。
それは驚きに目を見開いて彼女を見た。同情されるとばかり思っていたから、まさか叱咤されるとは。でも、確かに少し情けなかったかもしれない。
「それでこんな所でしょぼくれてるって訳か」
俯きになりそうだったそれを止めたのは彼女の声だった。次いで、降ってきたのは手だ。まっすぐに差し出された手のひら。
「いつまでこんな湿っぽい場所にいるつもり?」
訳が分からないという顔のそれに、彼女はため息混じりに話し始めた。まるで何も知らない子どもに道を教えるように。
「これから行く所は私のバイト先なんだけど、そこの店長、バカだからあんた位なら面倒みてくれると思うわ。心配しなくてもお人好しだから危害なんか加えないし、お金もなぜか持ってるから、その辺は大丈夫よ」
誉めているのか貶しているのか分からない言い種だ。それでもどうしてか冷たさは感じない。
「そこで雇ってもらったら? 部屋も余ってるから一気に衣食住が手に入るわよ。嫌になったら出て行けばいいし」
威圧的にも思える言い方だけれど、強制ではない。提案だ。決めるのは自分自身。
「行くの、行かないの? はっきりしなさい」
彼女は苛立ち紛れにもう一度、手を差し伸べた。中途半端は嫌いだ。
「どうする?」
伸ばされた手を見る。傘から出たせいで少し濡れていた。
「あんたはどうしたい?」
投げ掛けられた声は突き放しているようで、その実、背中を押しているようだった。
「………」
微動にしなかったそれが動いた。そして、彼女の手を―――
天童質屋にて
「マスター。これ、雇ってあげて」
「あ、売り子さん、こんにちは…って、雇うとは?」
「だからコイツ。行き倒れ寸前なのよ」
「彼、ですか? 行き倒れってかずぶ濡れですけど! 大丈夫ですか?」
「……」
「マスター、タオル借りるよ。はい、これで拭きなさい」
「……」ゴシゴシ
「で、マスター。雇うの、雇わないの?」
「え…急過ぎません? どこの誰とも知らないんですけど」
「見放すの? うわー最低ヒトデナシー」
「そんな! 見放すなんて……」
「なら雇うのね? 良かったじゃない!」
「……」
「え、俺まだなにも、」
「男に二言はないでしょ、マスター」
「……」
「え…っと?」
「な い で しょ ?」
「……」
「あの…、はい、…ないです」
「だって。就職おめでとう!」
「………よろしく、おねがいします」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「住み込みだからね、よろしく」
「え、……えっ!」
天童質屋に仲間入り
20110831
ススム モクジ モドル