クリス・クリングル

神さまは信じない。幽霊だって妖怪だって信じない。魔法使いも超能力も奇跡も信じるものか!

でも、でもね

ひとつだけ信じてみたいことがあるんだ




聞こえますか、
ミスター・クリス・クリングル




 ショッピングモールが赤と緑にコーティングされてキラキラ輝きを放って、陽気なベルと歌声が響く頃
 家々が競うように背の高いもみの木を用意して彩りの電飾をいたるところに巻き付けて夜通し光らせる頃
 子どもたちの話題はある事に集中しています

「ねぇねぇ! サンタさんにおねがいした?」
「もちろん! ボクはやきゅうのまっ黒なグローブをおねがいしたんだ!」
「わたしはね、おっきくてふわふわなテディベア!」
「おれはゴレンジャーのスーパーソードだ! それでおれはブラックになるんだ!」

 黄色い帽子を被り、小さな体に大きなランドセルを背負った子どもたちは楽しそうにサンタクロースに何を頼んだかを教え合っていました。
 けれどその少し後ろにいた、ひときわ体の小さな男の子は不機嫌に声を上げました

「ばっかじゃないの。サンタなんかいるわけないのに!」
「えー! サンタさんはいるよ」
「そうだよ! パパもママもゆってたもん!」
「サンタさん、まえにもきたんだぞ!」

 そうだそうだ! と子どもたちは男の子に言い返しました。男の子はそれさえもバカにしたように笑いました

「そんなのぜんぶお前たちのパパママのうそなんだよ!」
「え…」
「プレゼントはなぁ!」

 パパとママがみせでかってきたんだ!と言おうとした男の子の声を遮って、ベルを鳴らしたような声が響きました


「サンタさんが用意してるんだよ」


 声のした方に男の子が振り返ると、5歩ほど先に深い蒼色のコートを着た女の人が腰に手を当てて仁王立ちしていたした
 子どもたちはちょっとびっくりしています。女の人はそれに気付いて、一度深呼吸をしました。それからにっこり笑って近付きました。5歩の距離はあっという間に無くなります
 子どもたちみんなに笑って見せてから、女の人は男の子の目線に屈みました

「サンタさんはね、12月の25日の為に一年中一生懸命に働いているの。もちろん、みんなの為よ。世界中のみんなのプレゼントを用意するんだもの、すっごく大変なのよ? それでもサンタさんは頑張るの。何でか分かる? みんなの笑顔が見たいから、みんなが信じて待っていてくれるからなんだよ」

 女の人は子どもたち1人1人の目を見ました

「だからサンタさんを信じて。サンタさんがいないなんて…そんなこと言ったらサンタさん悲しくて悲しくて泣いちゃうよ? サンタさんはね、とっても寂しがり屋なんだから。みんなが信じてくれるから頑張れるのに…信じてくれないなら、今年はサンタさんみんなのところに来てくれないかもしれないよ?」

 不安そうに聞いていた子どもたちは最後の女の人の言葉にショックを受けました

「みんな、サンタさんを信じて待ってくれるよね?」
「しんじるよ!」
「わたしも! しんじる!」
「おれもしんじるぞ!」

 子どもたちは口々にしんじる! と言いました。女の人は安心したように深く頷きました

「良かった! これならサンタさんも大丈夫だよ! みんなから元気をもらったからね! あ、サンタさんに手紙を書いたらきっともっと喜ぶよ!」

 女の人の提案に子どもたちは揃って頷きました。そして手紙を書く為に走って家に帰って行きました
 その後ろ姿に手を振って見送った女の人は、目の前で自分を睨んでいる男の子に向き合いました

「さて、坊や? 話を付けようか」
「ぼうやじゃない! お前はうそつきだ! ぎぜんしゃ!」

 女の人は余裕綽々に、男の子は苛々と言いました

「んん? やたらと口は達者みたいだけどサンタクロースについては嘘じゃないよ」
「うそだ! サンタなんかいない!」
「どうしてそう思うの?」

 最近はやたらと生意気な子が増えたなぁと思いながら女の人は聞きました。男の子はムキになってきました

「だって本にかいてあったんだ! サンタはふぃくしょんだって、ふぃくしょんはうそってことだろ! おれはしってるんだからな! それにテレビでもゆってたんだ! サンタはいないって!」
「…うーん、なるほどねぇ」

 苦虫を潰したような顔をして女の人はため息を漏らしました。男の子は言い負かしたと思って胸を張りました
 しかし女の人はでもね、と不敵に笑います


「あたし、サンタクロースの弟子なんだよ」


 男の子はあまりの衝撃に目を見開いて口をあんぐりとさせてしまいました。そんな男の子を見て、女の人は小さく笑いを零しました

「弟子っていうかお手伝いさんみたいな感じだったけど、まぁそれはいいとして。フィンランドって知ってる? 分からなかったら地球儀か地図で調べてごらん。ヨーロッパの小さな国だから。そこにはね、サンタクロースの村があるんだよ。村にはもちろんサンタさんがいてトナカイがいて、サンタさんとお話しもできるんだよ」

 すごいでしょ! と自慢気にサンタの弟子は言いました。瞳がキラキラしていてその頃のことを思い出しているようでした
 半ば呆然と聞いていた男の子でしたが、そんなワケがないと思いました

「うそだ!」
「嘘じゃないよ」
「うそだ!」
「嘘じゃない」

うそだ!嘘じゃない、と言い合っていた2人は子ども同士で口ケンカをしているようでした
 けれども、サンタの弟子はにやにやと笑っていたので余計に男の子は苛立っていました

 ふと、男の子が口を閉じました。それまでサンタの弟子を睨んでいた目を下に向けて拳を握りました。なにかに堪えるように、なにかが溢れぬように

「だったら、」
「うん?」
「そんなにいうならショーコみせろ!」
「証拠?」
「サンタはなんでもくれるんだろ?」

 なんでも、は言い過ぎかなぁとサンタの弟子はごちりましたが、男の子には何も言わずに促しました

「なにが欲しいの?」
「…」
「うん?」
「お、」
「お?」
「おとーさんに会いたい」
「!」
「サンタがいるなら、ほんとうにいるなら、おとーさんに会わせてみろ!」

 それだけ言って、男の子はサンタの弟子に背を向けて走り去りました。残されたサンタの弟子は見えなくなるまで男の子の後ろ姿を見ていました

 サンタの弟子の周りには誰もいなくなりました。1人ぽつんと立って、雲に覆われた空を見上げました

「…クリス、」

 強い風がひとつ吹いて蒼色のコートの裾をはためかせ、その冷たさに首をすくめました。寒さからか、それとも別の感情からか、サンタの弟子は手のひらをぎゅっと握り締めました

「ねぇクリス。
 あたし、どうすればいいかな」

 サンタの弟子にしか聞こえない音で呟かれた声に返事はありません







ボクのおとーさんは ボクがもっと小さいころに しんだ。おかーさんは いっぱいないて「ごめんなさい ごめんなさい」と言っていた。知らないひとが「ヒトゴロシ!」と大きなこえで 言っていた。おとーさんが じこを おこしたから

おかーさんは その日から おとーさんの話をしなくなった

だから ボクは おとーさんが分からない。おとーさんは どんなかおだった? おとーさんは どんなこえだった? ボクのおとーさんは ほんとうに いた?







 そうして、クリスマスイブになりました

 たくさんのクリスマスソングが溢れる中を藍色のコートを着たサンタの弟子が闊歩していました。手にノートサイズの包みを持って、向かう先は決まっています

こんこん

 小さな団地の2階。静まり返った帳から小さなノックの音が響きました。サンタの弟子は待っています

「…はい、どちら様ですか?」
「メリークリスマス、サナエ」
「!」

 中から出て来たのはサンタの弟子と同年代の女性でした。サナエと呼ばれた女性は驚きに目を丸めました

「帰ってきてたの?」
「うん。ちょっと前にね」
「そうなの…散らかってるけど、良かったら入って?」
「じゃあ遠慮なく」

 部屋の中には車や電車のおもちゃが少しと、こじんまりとしたクリスマスツリーが隅に置いてありました

「夜に突然悪いね」
「ううん、久しぶりに会えて嬉しいわ」
「あたしも」

 テーブルに向かって椅子に座り、出されたお茶を飲みながら笑いました

「息子はもう寝たの?」
「ええ。また会えないわね」
「あ、実は少し前に会ったんだ」
「え?」
「学校帰りに丁度会ってさ。だから今日はプレゼントを届けにきました」

 そう言って、サンタの弟子は包みをサナエさんに見せました

「まぁ、希望に添えたかは分からないけど」

 包みを優しく撫でて言いました。サナエさんは不思議そうに尋ねます

「なにが、入っているの?」
「……写真」
「写真? なんの写真?」
「カツシくんとサナエ達の写真」

 サンタの弟子は少しだけ目線を落とし、小さく微笑みました

「サナエにじゃないよ。あんたの息子にだから。…だから、捨てないで」
「………」
「要らないって言われたら、破るなり燃やすなりしていいからさ。あの子に見せてよ」

 悲しそうに眉を寄せるサナエさんは答えませんでした。ただ、ただ、包みを見るばかりです。苦しく、悲しく、愛おしそうに

「ねぇ。サナエはカツシくんを嫌いになっちゃった?」








 夜が明けました

 男の子が目を覚ますと枕の横に包みが置いてありました。二つ折りの手紙も付いていて、それには男の子の名前とサンタクロースの弟子より、と書かれていました

 驚いた男の子はすぐに包みを開けました。おとーさんがいる訳がないと思いながらも、心臓がどきんどきんと鳴っていました

「……!」

 包みの中はアルバムでした。男の人と女の人が写っている写真です。山や海、どこかの部屋、ケーキを前に笑ってたり大勢の人と写っていたり、真っ白なウエディングドレスや旅行での写真、たくさんの写真です

 そして一番最後のページには、男の人が小さな赤ちゃんを抱いて笑っている写真がありました

「おかーさん!」

 男の子はアルバムを抱えてお母さんの元へ走りました

「おかーさん! これ、この写真、ボクなの?」
「…えぇ、そうよ」
「じゃあ…、じゃあ、いっしょに写ってるのは、……」
「お父さんよ」

 お母さんは笑顔で、けれど少し悲しそうでした。男の子は写真をじぃっと凝視しました

「……これが、ボクの、おとーさん?」

 ぽつり、呟いた声はお母さんの胸にさざ波を起こしました。お母さんは震える声で謝ります

「ごめんね、ごめんね……お母さんね、お父さんの事は忘れなくちゃって思っていたの」
「…おかーさんは、おとーさんをキライになっちゃった?」
「…!」

 お母さんはサンタの弟子を思い出しました。男の子があまりに同じ瞳をしたからでした。まっさらな子どもの瞳です

「……、いいえ。嫌いになんてならないわ」

 お母さんは透明な涙を流して答えました。サンタの弟子には言えなかった答えでした

「よかった!」

 男の子は笑いました。アルバムを大切に抱きしめて笑いました。それからお母さんに写真の話をねだりました

「おかーさん! これは? これはなんの写真?」
「それはね」

 思い出話をたくさん聞いた男の子は嬉しそうに笑いました





ボクはカミサマをしんじない。ユーレイだってヨーカイだってしんじない。まほうつかいもちょーのーりょくもキセキもぜったいにしんじない!

でも、でもね。サンタクロースはいるかもしれないとおもうんだ

サンタのでし。ぼくはあんたにカンシャするよ、ありがとう

きこえる?





(聞こえるよ。サンタクロースは世界中の子どもたちの声が聞こえるんだから)

(どういたしまして)

(私もキミに感謝しよう。信じてくれてありがとう。きっと弟子も喜んでいるよ)

(メリークリスマス)


20110712

去年に途中まで考えてたものです。…早めと言うべきか、遅めと言うべきか、迷います(どっちもどっちだ)


ススム モクジ モドル



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -