くらしかる

時は空想明治中頃。日本のどこか、栄えてると言えるほど都会ではなく、寂れてると言うほど田舎でもないそんな所。街はある華道の家元が実質治めていた

その華道家の行き着けの花屋があった。街はずれの小さな花屋。老夫婦とその孫が経営する店は、こじんまりとしているが質は良かった

花屋に客が来ることはあまりない。それでも店先にはいつも花が飾られていた





「それとこれとこれと、あとこの手前のも。全部5本ずつくれ」


藍色の着物を着た漆黒の髪を持つ典雅(テンガ)は、店に並ぶ彩りの花を指して言った
花屋の娘である史(ふみ)は返事をして、言われた通りに花たちを取った。また来やがったなこの野郎、と内心で罵倒しながらも手は止めなかった


「早くしてくれ」
「はいはい」
「客にそんな態度でいいのか?」
「(あんたに言われたくない)…すみませんね」
「絶対思ってないだろう」
「べつに?」


腕を組み、見下すように史を見やった。表情も口調も何もかもが横柄で、けれど身なりはいいから品があるだなんて、なんて狡い事だろう

なんでこんなに不遜な態度なんだよ

不満に思わなくもないけど、向こうはお客様だから仕方ない
嫌味を言われるのはいつもの事で、受け流すのが一番だと史は知っている。相手にしては駄目、相手にしては駄目。心の中で念じた


「俺はお得意様だろう?」
「そーですね」
「俺が買わなければこの店は潰れるぞ?」
「つぶれっ……うんまぁそーかもね」


事実なだけに言い返せない。史は艶やかに笑う典雅を苦々しく見た

白河典雅、白河華道の跡取り息子。つまりは街の権力者。華道の腕はもちろん、頭脳も才能も美貌さえ持ち合わせた男だ。金で物を言わせる人種。史とは住む世界が違う人間、出来るなら関わりたくないと史は思っていた

しかし花を買うのは大半が華道家の人間だった。白河が花を買わなければ花屋は成り立たない

けれど、だからといって私はこんな奴の思い通りにはならない、なりたくない

史は一度口を一文字に結び、不快感を表すように低く言った


「…感謝はしてるよ、白河さんには。うちを贔屓にしてくれてるし。確かに白河さんが居なきゃうちはやっていけない」
「そうだろうな」
「だけど、花たちを買っているのはあんたの家だろ。あんた自身じゃない」
「俺だって客だぞ?」
「そう、客だ。で、私は花屋。それ以上でもそれ以下でもない。私はあんたの召使いじゃないし奴隷でもない。あんたのお遊びに付き合ってる隙はないんだよ!」


典雅を指差し言い切った史は、瞬間、しまったという顔をした。典雅が満足そうに口角を上げていたからだ
また口車に乗せられた。目を合わせないように、無駄に口をきかないようにと思うのに、つい感情のまま言ってしまう。その結果が相手を楽しませると分かっているのにだ

こいつ自虐癖でもあるのか?

そう疑問を持つも訊くことはない。どうせろくでもない答えが返ってくるだけだ
それよりも今は、この目の前の気に喰わない男を帰すことが先決だ。史は手早く花を束ねて典雅に渡した。代金はもう貰っている

それでも典雅は帰ろうとしない。まるで用事がまだ終わっていないみたいな顔だ

礼儀的に一応お辞儀をしお決まりの挨拶をして、史は背を向けた。暗にもう終わりと言って
家に入ろうと足を進めるも三歩で止まった。すぐ後ろから下駄の音をあからさまに立てて付いてくる気配がしたのだ

きっと無視したところで、平気な顔で家の中まで付いてくるだろう雰囲気。無言の重圧。見なくたって分かる表情(どうせ楽しそうに笑っている)
その全てに嫌気がして、史は深いため息を吐いた


「もうあんた早く帰れよ!」
「ははっ!お前は本当によく吠えるな」
「吠える言うな!」
「俺にそんな口をきけるのはお前くらいだ」
「こんの…っ!」


堪えきれず振り返った先、思った以上に典雅との距離が近くて息を呑んだ。嫌みにしか見えない顔も整っているせいで何故か綺麗に見える
片腕に史が渡した彩りの花束を抱えているのに見劣りしない綺麗な顔が史の間近で笑った

そして典雅はどこかうっとりとしながら言った


「やっぱり、お前の顔は彼女に似ているな」
「…っ」
「その強い眼差しも薄紅の頬も小さな唇も。本当にそっくりだ」
「…! 近いんだよこの軟派野郎!」
「ただその口振りだけは似てないがな」


それだけが残念だ、そう言って腰を屈めて近付けていた顔を離した。史は二歩三歩と後ずさり、距離を取ってやっと息を吐き出した。そんな自分を悔しく思いながら


「なぁ、もう少し綺麗な言葉を使ったらどうだ?」
「…あんたに関係ないだろ」
「お前も一応女なんだし、その方が色々得だろうに」
「一応って、喧嘩売ってんのか」
「その喧嘩っ早いところも直した方がいいな」


うんうんと一人頷く典雅を見て史は心底腹が立った。口が悪いのも喧嘩っ早いのも、もはや性格だ。史だってそれで良いとは思っていなかったが典雅にだけは言われたくなかった
典雅ほど性格が歪んでる人間を史は他に見た事がない。他人の事より自分をどうにかしろと思っていた。そして何よりも、


「彼女はもっとおしとやかで慎ましく、優雅だったぞ」


何よりも、典雅は史を見てはいなかったからだ

胸の奥がむかむかして無性に叫びたくなるのを、史は手をきつく握り締める事で抑えた。そして静かに典雅に向かって吐き捨てた


「私は、あんたの櫻子じゃない、んだよっ……いない人間と重ねるな」


射殺せればいいのにと思いながら睨み付けた。唇を噛み、爪を手のひらに食い込ませて

思い知ればいい。私は櫻子じゃないってことを。その身に知ればいい

驚きに目を少し見開いた典雅は、けれどもすぐに口角を上げた


「知っているさ。お前が彼女じゃない事くらい」


花束を抱えて直して史に告げた


「今日の花も綺麗だな。また頼むぞ、史」


それだけ言って典雅は史に背を向け、下駄の音を響かせて帰っていった


「二度とくるな…!」


史は典雅の背中に小さく叫んだ。しかし届かなかったのか典雅は足を止めなければ振り向きさえしなかった

いつもそうだ

典雅は史を見ていない。史が育てた花たちだって見ていない

あいつが見てるのはあの人だけ、櫻子だけなんだ

その事実は史をたまらなく苛立たせた。酷く不愉快で不快で不安になるくらい惨めにさせるのだ。それがどんな感情から来るものなのかは、知りたくなかった


「……あんたなんかきらいだ…」


だから史は繰り返した。その言葉が真実になるようにと祈って、呪文のように繰り返した


「だいっきらい、だ…!」


くらしかる、くらいしす

20110504



DA SO KU

白河典雅 しらかわてんが
華道家跡取り息子
横暴
身のこなしは優雅


史 ふみ
花屋の娘
口が荒い
曲がった事が大嫌い


櫻子 さくらこ
故人
典雅の元許嫁
聡明でおしとやか


タイトルはなんとなくの音重視なので意味はありませんですよー



ススム モクジ モドル



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