昼
わたしはアリシッサ・ブランジェット。ブランジェット家の末娘だ。わたしは星使いになる。
「アリシッサ様、あなた様は星使いになる御方。我ら星詠みの一族は星を読むことしかできません。けれどあなた様はブランジェット家の末娘、あなた様だけが星使いになれるのでございます。そして人々に星の導きをお与えください」
わたしはアリシッサ・ブランジェット。ブランジェット家の末娘。わたしはアリシッサ・ブランジェット以外にはなれない。だからわたしは星使いになる、ならなければいけない。
けれど、わたしは―――
a starlit sky
「今日の星たちは東に向かっているのね…あと少し、もう少し東に行ったら鴇の星は落ちてくるから、次は鵠の星を動かして…」
星を動かすには、まず星と意識を繋げ、星の気持ちを知る必要がある。そして星たちの流れを掴み、それに沿った道を見つけ、ぶつかりそうな時は星を止めたり違う道へと流す。空の彼方へと行った星は地表に落ちてくる。落ちてきた星を受け取る。それが星使いにできること。
風ではためくガウンの端を持ってたぐり寄せた。今日は風が強いから星たちの動きも早い…気がする、多分。
空を見上げれば、星たちがわたしに光りかけてくれる。例え昼間でも星は見える。星たちは昼も夜も関係なくそこにいて、優しくわたしを照らしてくれる。だから星たちがすき。
星は素直だ。こちらの気持ちを見せればすぐに答えてくれる。人とは違って嫌みも妬みもない。星たちと心を通わせる方が人と話すよりもわたしには簡単だ。
父や兄や姉、それから分家の人たち皆はわたしは星使いになるべきだと言う。それは彼の本心であり、彼の嘘であり、彼の妬みであり、彼らのしきたりであり、わたしにはどうしようもないことだった。
彼らが言うからなのか、血のせいなのか、わたしは星たちといると落ち着く。星たちは優しい。
「はあ…」
無意識にため息が出た。その白い息は空に登ると、星たちがどうしたの?と語りかけてきた。
「ううん、なんでもないの」
心配そうな星たちに向かって言うと、なぜか背後から返事が返ってきた。
「何がなんでもないんだ?」
「えっ…あ、エチル?」
「大丈夫か?アリシッサ」
「大丈夫よ。ちょっと、星たちと話してただけだから」
ゆっくり歩いてわたしの横にきたエチルは納得していない顔で、わたしは困ってしまった。
エチルは星の人だ。龍の星が流れた日に生まれた子ども。だからエチルはわたしの婚約者だ。たったそれだけの理由でわたしなんかと結婚を強いられてる。けれどエチルは一度だってわたしに当たったことは無かった。エチルも優しい人。
「まあ、言いたくないならいいけどさ」
「…ごめん、なさい」
「あっアリー!謝る必要はないって!怒ってるんじゃないから、な?」
目線を落として謝るとエチルは慌ててわたしの顔を覗き込んだ。目尻を下げて困ったように笑うエチル。だからわたしも笑い返した、ちゃんと笑えていたかは分からないけれど。
エチルを心配させているのは分かっても、どうにも出来なくて悲しい。わたしはいつだって誰かを困らせてばかりだ。
「ただ、言ったろ?」
「え?」
「オレの前で無理しなくていいって」
そう言ってエチルはわたしの髪を優しく撫でた。
「無理に笑わなくていい、無理に喋らなくていい、オレには気を使わなくていい」
「エチル…」
「オレはそのままのアリシッサが好きだからさ!」
両手で包み込まれた髪がほんのり暖かくなった気がした。そのまま手が滑り降りてきて頬まで来るとエチルはわたしの両頬をつねった。痛みはないけど吃驚してエチルを見ると、彼は楽しそうに笑っていた。
「ははっ!アリー変な顔!」
「ふぇ?」
「あははっ」
「え?え?あ、エチルがつねるからでしょうっ」
「だってアリーってば!嫌がんないから、ははっ」
「もう、エチルったら!」
「あははは!」
「…ふふっ」
頬から手を離したエチルはお腹を抱えて笑った。その顔があんまりにも楽しそうで、わたしも一緒に笑っていた。
いつもそう、エチルはわたしを笑わせてくれる。不甲斐ないわたしを見放さないで励ましてくれる。
「やっぱりアリシッサはそうやって笑ってる方が可愛いよ」
「!」
突然言うから、どう言い返せばいいか分からなくて口をパクパクさせてしまった。
恥ずかしくて体が暑くなるから止めてほしいのに、エチルはいつも何度も言う。その度にわたしは何も言えなくなるんだ。
エチルは、嘘は言わない。彼はわたしの婚約者だから。その事実は変えようがない。決して覆す事は許されない。そんな事をしたら彼は生きていけない。だから、エチルはわたしに優しい。優しくしなければいけない。わたしが星使いにならなければいけないように。
「…アリー?アリシッサ?」
「へ?」
「また星と会話?」
「え?え?…あ、ごめんね?」
知らず一人で物思いに耽っていたみたいで、エチルの顔がすぐ近くにあったのに吃驚した。わたしが星と会話して意識を飛ばすのはよくある事で、今もぼんやりしていたからエチルはそう思ったようだ。
無視をした訳じゃないのと謝れば、大丈夫だとエチルは笑った。それから空を見上げた。
「…ねぇアリー」
「なあに?」
名前を呼んだけれど、エチルはわたしを見ない。ただ空を、星を見ていた。
エチルがなにかを言い淀んでいるのが分かった。真っ直ぐな瞳をして迷うなんて不思議な人。
「アリーは、星使いになりたい?」
「エチル?」
「周りの人間が言ってるからじゃなくて、アリシッサがなりたいって思ってる?」
「………」
鋭いまなざしがわたしを捉えて離さない。ズキンと胸が痛んだ気がした。
わたしはブランジェット家の末娘。星使いはブランジェット家の末の子にしかなれない。だからわたしは、星使いになる。ならなければいけない。
エチルはそれがおかしいと言う。どうして末の子だけなんだと。星使いなんてなりたい奴がなればいい、エチルは昔からそう言った。
星詠みは誰でもできるけれど、星使いはそう簡単にできる事ではない、らしい。わたしには難しくはないけど、兄や姉達はそう簡単にできないと言っていた。父もわたしが星使いになるべきだと言った。
星使いは他の誰かにはできない。星を動かして、落ちてくる星を受け止める。星はこの街の人にとって大切なエネルギー源だ。星が採れなくなれば街の人の生活は成り立たない。だからわたしは星使いにならなければいけない。やりたくない、なんて例え話でも言ってはいけない。わたしのやるべきことは決まってるんだ。
「…わたし、は、」
「うん」
「…わたしは……わたしが星使いにならなかったら、お父さまが街の人に怒られてしまうし…みんなが、困ってしまうわ」
「街の人間とかは―――」
「それに!…それに、わたしは星たちがすきよ。星たちとこうやって話せるのは、わたしが星使いだからだもの」
エチルの声を遮って言ってしまった。だって、それ以上聞いたらわたしが何も言えなくなっちゃう。そうなったら言わなくていい事を言ってしまいそうで。そんなのダメなのに…。
だからわたしはエチルに笑ってみせた。
(心配しないで、気にかけないで、言わないで。わたしに、ソレを、気付かせないで)
エチルに嘘は吐きたくないけれど、わたしが星たちをすきな事は本当だから。嘘は言ってない、よね。
「…アリシッサがそう言うなら、いいけどさ」
「うん」
空からわたしに移ったエチルの瞳はやっぱり真っ直ぐだ。星たちも優しくわたしに輝いてくれて、苦しくなる。
わたしが誰かに優しくしてもらう資格なんてないのに。
あんまりにも星たちがエチルが優しくて、頼りたくなってしまう。言うつもりのなかった想いが、溢れてしまうわ。
「でもね…」
零れてしまった声は小さくて、エチルには届かないと思った。けれどエチルにはちゃんと聞いていて、どうした?と視線だけで促した。
「でも、ね?あのね……」
「アリシッサ、ゆっくりでいいから」
「……わたし、星使いになるのはいいの。星たちは優しいもの」
「うん」
「でも、…でもお姉さまやお兄さまたちと、あまり仲良くできないの。わたし、お兄さまたちがすきよ?みんなみんな家族だもの」
「うん」
「だけど…なかなかうまくいかないの。…でも仕方ないわよね…」
「…アリー」
だってわたしはブランジェット家の末娘。お兄さまたちから星使いの力を奪ったのだから、すきに、なんてなってもらえる筈がないわ。
その言葉は口にしなかったけれど、エチルは気付いていたかもしれない。わたしの頬に触れて何かを拭うようにこすった。
「…、オレにはあの人たちの気持ちは分かんないけど。オレはアリシッサのそばにいるから」
「エ、チル…」
「オレの前でなら、なに言ってもどんなに泣いてもいいぞ」
「…え?」
「いっぱい泣けばいいから、我慢すんな」
言われてやっと気付いた、わたしは泣いていた。その雫をエチルはすくってくれていたんだ。
そう思うと、目の前のエチルを見ると余計に涙が出てきて、わたしは泣いた。エチルに抱き付いて、気が済むまで泣いてしまった。
わたしはアリシッサ・ブランジェット。ブランジェット家の末娘。わたしは星使いになる。
けれど、本当は星使いになんてなりたくない。お兄さまやお姉さまを苦しませてまでなりたくないの。
諦めてるけど、できるなら嫌われたくなんてない。
それでもわたしは星使いにならなければいけない。わたしは、ブランジェット家の末娘だから。
だから、だから、だから、………だけど涙が止まらない
泣いたってどうにもならないのに
そして夜へ
20101227
ススム モクジ モドル