母は言った。

エチル、お前は星の人なんだよ。だから星使いになるアリシッサ様と結婚するの。ずっと一緒にいて、生活をしていくの。父さんと母さんのようにね。会ったことない子はイヤ?…大丈夫よ。アリシッサ様は素敵な方だから、お前もきっと気にいるハズよ。

…アリシッサ様は星使いになるお方。星使いは偉大な力を持って、母さんたち皆を導いて下さる。星がなければ生活できないからね。…きっとその分、大変なこともいっぱいあるんじゃないかな?だから、ね?エチル…そんな時、支えてくる誰かがいたら嬉しいと思わない?笑顔を思い出させてくれる人がいたら頑張れるでしょう?

母さんは信じてるよ。エチルがアリシッサ様を優しく支えてくれるって。ねぇ、エチル?


ブランジェット家に来る前に母から聞かされた話。「お前はアリシッサ様に優しくあれ」と、母は毎日のように言った。

初めこそイヤで仕方なかったが、アリシッサに会って母の言っていたことが本当だと知って、ほっとけなくなった。もしかしたら刷り込みもあったかもしれない。

アリシッサは幼い頃から星使いとして育てられている。周りの人間からは多大な期待を乗せられて、兄弟からは嫉妬されていた。アリシッサはいつも淋しそうに笑っていた。そんな顔は見たくなかった。

だからオレは誓った。アリシッサに優しくあろうと。










なんでこの家の人間はこんなに複雑なんだろう。というよりも、不器用なのか?実の兄弟のことを本気で嫌ったりするのか。一緒に住んではいても、結局オレは他人で。彼らの感情は理解できない。


「どうしてアレが星使いなんだろう?才能があるのは認めるけど、あんなヤツに星使いが務まるとは思えない。だろ?ミラ姉さん」

「そうね、あの子は星使い以外なにもできないもの。ブランジェット家を継ぐなんて無理なのよ。なのにお父様はいつもあの子にこだわって!」

「お父様のはただの贔屓だ。星詠みだけなら姉さんの方ができるのにさ」

「星詠みならね。勉強だってなんだってあの子に劣るとは思わないわ。…だけど、私たちは星を動かせないのよ」

「僕だってアレに劣るなんて思わない!……けど、どうして末の子にしかできないんだろう?アレが生まれる前は、僕が末の子だったのに!」

「仕方ないわよ、それがしきたりなんだから。実際、私たちは星使いの力がないもの」

「全部アレが奪ったんだ…!」


知った声が聞こえて足を止めた。この家の人間なら誰しもが通る廊下の少し奥、庭が見えるところに彼らはいた。アリシッサの姉と兄だ。

話されてる話題にほとほと呆れる。誰かに、アリシッサに聞かれたらどうするんだ。それとも聞けばいいとでも思っているのか。


「ちょっと!ミラさんカルネアくん!」


まだ話してる2人に構わず声をかけた。驚いた顔のカルネアくんとは対照的にミラさんは落ち着いた顔付きでこっちを見た。


「エチル!」

「…何かしら、エチルさん?」

「あのさー別に陰口叩くなとは言わないけど、場所くらい選んだら?」


できれば陰口なんか言ってほしくないけど、人なら不満はあるものだし、アリシッサの立場上仕方ない気もする。だからって見過ごす訳にはいかないけど。


「それにアリシッサは妹なんだから、少しは可愛がれないワケ?」

「お前には関係ないよ」

「関係あるだろ。オレだって一応この家の一員だし」

「そうね、…あなたはあの子の婚約者だものね。でもまだ正式なブランジェット家の人間ではないし、これは私たち兄弟の事よ。エチルさん、あなたは関係ない」


冷たい目がオレを見据えた。横にいるカルネアくんも睨み付けてくる。部外者は黙れって感じだ。

普段は2人とも人当たりがいい方だ。けれど、アリシッサのことになるとやたら厳しくなる。理由が分かりきってるだけに扱いづらい。


「星の人であるあなたには分からないだろうけど、私たちにとって星使いの力は特別なのよ」

「アレが妹だからこそ腹立たしいんだ」


ガシャンッ!


突然、何かが割れる音がして廊下の先を見れば花瓶が割れていた。砕けた花瓶と散らばる花を前に、不安げにこっちを伺うアリシッサがいた。もしかしたら、もしかしなくてもアリシッサは聞いてしまったのかもしれない。


「アリー!?」

「あ…あの…」

「何をしているの?」

「…ごっ…ごめ、なさ…」


真っ青な顔をして散らばる花瓶を拾おうとするアリシッサに走り寄った。ってか、素手で触ったら危ないから!


「アリーちょっと待って!」

「え?……いっ」

「アリシッサ!」


だから待ってって言ったのに!駆け寄ってアリシッサの横にしゃがみ込んだ。腕を掴むとアリシッサは慌てて手を握って大丈夫だと言った。握り締められた手のひらからじんわりと赤が見えた。


「何が大丈夫だっつの!血ぃ出てんじゃん!いいから見せて」

「で、でも…花瓶、片付けなくちゃ…」


なんでこう自分のことに無頓着なんだろうか?見てる方が痛くなるのに。キツい口調にならないように小さく息を吐いて、アリシッサにもう一度傷を見せてと頼んだ。


「アリー?花瓶はいいから、な?」

「う、…あの、そんなに痛く、ないの…だから、」

「いいからさっさと行きなさいよ」

「!……、ミラ姉さま…」


なかなか強情なアリシッサに痺れを切らしたのかミラさんが眉をひそめて言った。決してアリシッサを捉えない目は、砕けた花瓶に注がれていた。


「いつまでそんな所でうずくまってるつもりかしら?」

「ミラ姉さま……ごめんなさ、い」

「謝るならやらないで。…はぁ、エチルさん、早くその子を連れてってちょうだい」

「あ、うん。アリー行こう?」

「………」


名前を呼ばれるとは思っていなくて反応が遅れたけど、一瞬だけミラさんと目が合って無意識にアリシッサを立たせていた。

アリシッサはミラさんを見ていた。その目は迷子の子どもみたいに酷く不安そうで、けれど声を出すことはなかった。そのままカルネアくんを見て、またミラさんに目線を戻して頭を下げた。

それさえもミラさんは黙殺していた。アリシッサには背中を向けさせていたから見えてはいなかったと思う。一言くらい言いたくなったけど堪えた。今はアリシッサの手当てを優先させるべきだし。

ただ、アリシッサが現れてから言葉を何も発しなくなったカルネアくんが気になった。




アリシッサの怪我は出血は多かったが、大したことはなかった。


「ありがとう、エチル」

「ん、どういたしまして」


手当てが終わってアリシッサは明るい顔で言った。さっきの不安はどこに行ったのか、笑顔まで出ていた。


「…なぁ、アリー」

「もう大丈夫だから、エチル。わたしそろそろ戻るね?」


本当にありがとうとそれだけ言って、アリシッサはするりとオレの前から居なくなった。目一杯笑ってみせるアリシッサを引き止められなかった。

あんな顔で笑って欲しくないのに。無理に笑うなら―――










昨日の夜にそんな事があって、心配になった。朝からアリシッサの姿が見えなくて、屋敷の周りに広がる森へと探しに行った。濃い森の奥に開けた場所がある。アリシッサのお気に入りの場所だ。

そこにアリシッサはいた。空を見上げて、星と会話をしているんだろう。






家族と仲良くなれないと泣いていたアリシッサは、疲れたのか今はオレの肩に頭を乗せて眠っている。

すやすやと眠るアリシッサの目尻には涙の痕が残っていた。起こさないようにできるだけ優しく拭えばきれいなった。アリシッサの悲しみもこんな風に消えればいいのに。無防備な寝顔にやるせなさを感じて、短くため息を吐いた。

アリシッサはすぐ自分の感情に蓋をするきらいがある。本当は悲しいのに笑ったり、苦しいのに何でもない顔をする。それはきっと、アリシッサなりの自己防衛なのだろう。

押し込めたようにしか泣かないアリシッサ。いつか感情のままに笑ったり泣いたり、怒ったりしたらいい。

そう願うしかできないオレは、君のそばにいるから。


さらりと流れるアリシッサの髪を梳きながら空を見上げれば、日が頭上を照らしていた。アリシッサには昼でも星が見えるらしい。太陽に隠された星は、それでもいつでも空にある。空にあるのだから見える。それがアリシッサの言い分だ。

けれどもオレには見えない。街の人間はもちろん、もしかしたら星詠みの一族だって見えないと思う。昼でも見えるのはアリシッサが星使いだからっていうよりも、アリシッサが星から好かれているからなんじゃないかと思う。理由も根拠もないけど、そう思う。

今だって星はみんなアリシッサを見てるんじゃないかな。オレには見えないから分からないけど、なんとなく感じるのはひたむきな温かさだ。


「大丈夫、オレがそばにいるから…」


伝わるかは知らないけど、星にそれだけ言ってアリシッサを抱きかかえ直した。風がなるべく当たらないように。



a starlit sky

願わくば、君に
星とひとの煌めきを



そして昼へ




20110113


ススム モクジ モドル



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