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気付くと、列車の中にいた。

がたん がたん、と心地よい揺れにまぶたがまた閉じそうなるのをなんとか堪えた。背筋を伸ばし辺りを見渡せば、前方に何人かが座っているのが見える。ボックス席の車内に人影は少ない。

そのまま伸びをして、また背もたれに体を預けた。窓の外は暗くてあまり見えない。ぼんやりと浮かぶ外の灯りとランタンの光に反射して写る自分の姿だけが、ぽつんとあった。

この列車は電気の光ではなく、オイル式のランタンが等間隔に並んで車内を照らしていた。ボックス席といい、ランタンといい、なんだか古めかしい列車だ。

する事もなく目的地も分からない。何故、この列車に乗っているのだろうか。窓に写る自分を、その向こうの泳ぐ灯りを眺めながら考えた。

考えてはいるけれど、答えは出ない。なのに不思議と不安はなかった。

分かっていたからかもしれない、これから起こる事を。




列車は止まる事もなくスピードも緩めずに走り続けた。くわっと大きな欠伸が出て涙が浮かぶ。滲む視界に、影が入ってきた。


「久しぶり」


目元を拭いクリアになると懐かしい顔がそこにいた。驚きに声を出せずにいると、相手は了解もなしに向かいの席に座った。


「どうしたの?なんだか眠そうだね、疲れちゃった?」


心配そうに覗き込むフリをして、目は笑ってる。しかも心底愉しそうに。なるほど、そういう事か。ひとり納得をしてため息を吐いた。


「いや、なんでもない」
「そう?」
「そう。だからそのムカつく笑い方を止めろ」


言って、ニヤニヤ笑ってる相手の肩を押した。きっと全部コイツの仕業に違いない。気付いたら列車の中にいたのも、やたら年季の入った、けれど、どこか懐かしい車内も、暗過ぎる外もすべて。

まったく、久しぶりの再会のクセにこの仕打ちはなんだろう。そんな感情を込めて睨み付けた。


「この列車、どこまで行くんだ?」
「さぁ?どこまでだろ?」
「…いつの間に乗せた?いつまで走るつもりだ?」
「さて、いつだろうねぇ」


いくら睨んでも低い声で問い詰めても通じない、首をすくめておどける姿は昔と変わらない。なんだか頭を抱えたくなってきた。


「怒った…?」


きっと、眉間にシワを寄せていたからだろう、ついさっきまで愉しそうにしていたのに打って変わって不安そうに聞いてきた。

いつもそうだ。すぐに問題を起こすクセに、怒らせたと思うと途端に落ち込むのだ。眉を下げて瞳を潤ませて唇を噛む、まるで泣く寸前だ。

そんな顔をされるとこっちが苛めてるみたいな雰囲気だ。泣きたいのはむしろ、こっちだっていうのに。

だから、ピンッと思い切りデコピンを食らわしてから笑った。


「怒ってはない」
「ホント?」
「あぁ。呆れてはいるけど」
「えー」


額を抑えて痛がってはいたが、元の愉しそうな顔に戻っていて少し安心した。すぐデコピンするの止めてよね、と口を尖らせるから誰のせいだと首を振るった。


「それにしても、一昨日に来るかと思ったら来ないで今日来るとはな」
「一昨日?あぁハロウィン!来ると思ってたんだ」
「毎年来てただろ」
「そうだねぇ。本当はいきたかったんだけどさすがに無理だったから今日にしてみたんだよ。あ、お菓子も用意してた?」
「悪戯されるのはごめんだ」


あははっ、と笑い声が静かな車内に響いた。体を揺らして笑うからイヤになる。悪戯をされる身にもなってほしい。


「あーお菓子食べたかったなぁ」
「また、食べに来ればいいだろ」
「そうだねぇ。でも悪戯もしたかったなぁ」
「って、こら!」
「あはは!」


お腹を抱えて目に涙まで浮かべて笑い転がる相手を、見下してため息を吐くフリをして、小さく笑った。

なんだか遠いあの日に戻ったみたいでおかしくなったから。

すると目が合って、向こうはもっと嬉しそうに笑った。バレたのが気恥ずかしくて誤魔化そうとワザと怒ったフリをして、ニタニタ笑う相手の髪をぐしゃぐしゃに混ぜてやった。

本気でやってるんじゃないから、向こうもそれほど嫌がる素振りを見せない。むしろ楽しいと言わんばかりに対抗してきた。

伸びてきた腕を掴んで今度はくすぐる、そんな事をしてるうちに2人して笑い合っていた。




やっと笑いが収まった頃、席に座り直した相手は深く息を吐いてそろそろだよ、と言った。


「そろそろ、時間だよ」
「時間?どこかに着くのか?」
「ううん。タイムリミットだよ」
「…タイム、リミット?」


一体どういう意味だろうか。相手の表情を鑑みるに、ただ駅に着く訳ではなさそうだが。問いただそうとして口を開く前に向かい側から声が聞こえてきた。


「本当はね。ダメだったんだよ、一昨日でも昨日でも今日でも、ダメなんだよ」
「な、にが」
「だけど、逢いに来てくれたのが嬉しくて来ちゃったよ。まさかこんな所まで来てくれるなんて思ってなかったから」


意味が、分からない。そう言いたいのに声は出なかった。そんなこっちを無視して続けた。


「本当に嬉しかった。どうしたって無理だと思ってたから。ただ待ってるしかできないって思ってたし。だから、だけど。キミは戻って」
「戻る?」
「そう、戻って、キミの在るべき場所に。もう十分だから、すごく楽しかったよ。でもこれ以上一緒にはいられない。キミはまだ、そこから進むべきじゃないんだよ」
「…意味が、」
「意味が分からない?そんな事ないでしょ?本当は分かってるよね、知らないフリをしてるだけで。このまま進んだら、どうなるか、分かってるでしょ?」


責めるような声音の隙間に、小さく悲しみがこもっていた。


「そうか、そういう事かよ」
「思い出した?」


顔をうつ伏せて両手で覆った。黙り込んだこっちを心配そうに訝るから、大丈夫だと頭を上げた。それでも、引き下がりたくはなくて、情けなくも聞いてしまう。


「やっぱりダメなのか?」
「ダメに決まってるよ」
「どうしても?」
「どうしても、だよ。キミがこっちに来ていいのは当分先のことだもん」
「あぁ、そう」


当分先、に気が抜ける。あとどれだけ耐えればいいと言うのだろう。肩を落とすのを見ていた相手は、仕方ないよと笑った。


「今回のコレは出血大サービスなんだよ?お礼にもっと足掻いて見せてくれてもいいと思うんだけどなぁ」
「また、無茶な事を…」
「無茶じゃないよ!キミならできる!ちゃんと見てるから、ずっと。だから、足掻いてよ、もっと。じゃないと待っててあげないよ」


瞳に雫を滲ませて笑うから、反論なんて出来なかった。


分かった、分かったから。ちゃんと戻るから、だから、そんな、悲しく笑わないでくれ


声に出したつもりだったけど、届いたかは分からない。はっきり見えていたのに、すぐ近くにいたのに、霞んで遠退いて、だけど。


(約束だよ)


最期の最後に、悲しみの消えた声がした。











目が醒めて、視界に広がるのは雑風景な部屋。蛍光灯を付けてない部屋は暗く、カーテンから外の灯りが漏れている程度だ。それでも見間違える事はない、ここは自分の部屋だ。

ちゃんと、戻ってきた。

もう戻れなくてもよかったのに、戻ってきた。だけど、約束をしたから。きっと破ったりしたらカンカンに怒って今度こそ二度と逢えないだろう。それは嫌だから。


「足掻くから、ちゃんと生きるから」


だから、
どうかその時まで待っていて


それは11月2日の夜のこと

零れる涙は拭わない。


20101004



あとがき

ススム モクジ モドル



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