占い師



超絶鬱です。むしろ精神崩壊です。不気味に気持ち悪いです(え?)以上が苦手な方はご注意ください












百発百中の占い師がいると聞いて本条雅也は仕事帰りに会いに行った。どうしても知りたいことがあったのだ。

占い師は建ち並ぶビルの間にひっそりといた。こじんまりとした机を置き、その向こうに座って人が流れる様を見ていた。

凄腕占い師のわりには誰も見向きもしないで通り過ぎて行った。まるでそこに占い師が存在しないかのように。

本条は噂は噂に過ぎないのかと落胆したが、ここまで来たのだからと占い師に声をかけようと近付いた。

占い師とあと3メートルほどの場所で本条は立ち止まった。なぜなら、占い師の机の上の薄い紙に『御予約さまをお待ちしております』と達筆な字で書かれていたからだ。

もちろん本条は予約などしていない。占い師のことを聞いたのも、今日の昼休みの時だ。

ただの無駄足かときびすを返そうとした本条と占い師の目があった。


「お待ちしておりました、ホンジョウ マサヤさま」


あろうことか占い師は本条に向かって話し掛けた。名乗ってもいない名前を言い当てられた本条は混乱した。

今日、この夕方にこの占い師に会いに行くと決めたのはつい先ほどの会社を出た時だし、誰かに行くことを言ったりもしていない。占い師の顔をまじまじと見るも、どの知り合いとも一致しない。つまりは初対面である。

本条は動揺を隠しきれず、一歩後ずさりした。通行人が邪魔そうに本条を横目に見ていた。


「そう警戒なさらずに。わたくしは占い師でございます。アナタさまがいらっしゃることを知っていた、ただ、それだけのことでございます」


占い師は柔和な笑みを浮かべ、本条を椅子へと導いた。混乱からはまだ脱してはいなかったが、なんとか椅子に座った。


「どうして俺の名前を知っているんだ?なぜ俺が来ると分かった?」


本条は座ると同時に、占い師を責め立てた。占い師は腕を組み笑うだけだった。


「わたくしはしがない占い師でございますが、ヒト様の未来を見ることができるのです」
「未来を?」
「はい」


理解できないと首を振ろうとして、思い出した。なるほど、未来を見れるならば占いも百発百中で当たるのだろうと。

本条は引け腰だった佇まいを直し、占い師と向き合った。そして確認するように問い掛けた。


「…俺が何を聞きに来たか、分かっているんだろうな」
「はい」


占い師の瞳は真っ黒で、本条は引きずり込まれる感覚に陥り僅かに恐怖した。それでも知りたいという欲求を抑えることは出来なかった。


「その答えも、知っている?」


本条は己の手を強く握り締めて、引き込まれまいとした。否、ただ緊張で強張っただけかもしれない。とにかく、本条はずっと探していたことを知り得るチャンスに興奮していた。

占い師は静かに笑みを濃くした。


「はい、知っております」


その答えに本条は歓喜した。誰に聞いても分かるはずがなかったことが、まさか、こんな風に知れようとは思いもしなかった。


「なら、教えてくれ!」


興奮が頂点に達した本条は、立ち上がり占い師に詰め寄った。占い師は微動だにせず本条を見上げ、口を開いた。


「もちろんでございます。ですが、ホンジョウさま。本当によろしいのでしょうか?」
「なに?」
「本当に、アナタさまは、その答えを知りたいのでしょうか?」


何をバカなことを!本条は思った。ソレは、その答えは、本条が自我を持ち始めてからずっとずっと知りたかったことだ。今更、知りたくないなどと思うわけがなかった。

本条は心を落ち着かせようと、深く息を吐き出し、占い師に言った。


「…いいんだ。俺は、ずっと昔から知りたかったんだ。ソレを知るために生きてきたと言ってもいい。本当に、知りたいんだ……頼む、知っているなら、教えてくれ」


気が高まり過ぎ、声が張り詰め、だんだんと弱音のようになった。情けないと本条は思った。しかし、知りたいと強く願った。その先は、いらなかった。


「分かりました、お教えしましょう」


占い師からは、いつの間にか笑みは消えていた。力無く座り直した本条を射抜くように見ていた。本条に消えかけていた恐怖が蘇った。


「ホンジョウさま、アナタさまは生に絶望していらっしゃる」


本条の足が震えだした。


「生きることの意味を失ったアナタさまは死のうとした、けれど死ねなかった。周りが赦さなかったからです」


歯を食いしばり、それ以上震えないように力んだ。


「アナタさまはさらに絶望した。どうしたって死ぬことを赦さぬ周りに、それに従う己自身に。アナタさまはいつしか死に向かって生きるようになった」


近付く答えに息をのんで待った。


「そうして考えた、己はいつ死ねるのだろう、と。しかし、いくら頭を捻っても、偉い教授に聞こうとも答えは出なかった。だからわたくしに会いに来た、

『己が死ねるのは、何時だ?』

そう、聞きに来た。さて、その答えですが」


一字一句聞き逃すまいと、耳を澄ました。


「ホンジョウ マサヤさま。アナタさまが死ぬのは、70年後、でございます」


衝撃はすぐには来なかった。占い師が話す音すべてを拾っていたにもかかわらず、本条は意味を理解出来なかった。

本条を周りの喧騒が包み込んだ。


「う、うそ、だ、嘘だ!」
「事実でございます」


浅い息を繰り返す本条は堰を切ったように喚き出した。


「嘘だ!おっおれ、俺が!そんなに生きるものか!」
「いいえ、ホンジョウさま。アナタさまは70年後の、今日、やっと眠りに就けるのです」
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!」


本条が唾を吐き訴えるさまを、占い師は始めと同じ柔和な笑みで楽しむように見ていた。


「嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘嘘嘘嘘嘘嘘!嘘、だ!」


声の限り叫ぶ本条だけを道行く人々が遠巻きに見ていた。本条は気付かなかった。


「真実でございます。アナタさまは70年後の今日、病に侵された体を固い布団に寝かせられ、医師と看護師とに見守られ、やっとその生を終えるのです」


嗤う占い師の言葉は、もう、本条の耳には入っていなかった。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


本条は頭を抱え、ひとつの単語しか言えない人形のように繰り返した。うずくまり、うわごとを呟く本条を行き交う人々は避けるように過ぎ去った。

1人の女性が本条の横を通ろうとした時、本条が顔を上げた。


「なあ!嘘だろ!?嘘だと言ってくれ!嘘だ!」


両肩を掴まれた女性は悲鳴をあげ、本条の手を振り払った。よろけた本条はまた、目の前にいた男性に掴み掛かった。


「嘘だ!占い師!嘘だろ!?嘘は止めてくれ!」


本条の目に正気はなかった。








しばらくすると、パトカーのサイレンが聞こえてきた。白と黒でコーティングされた車から制服を着た警察官が降りてきて、本条を取り押さえた。

連れて行かれる間も本条はどこにもいない占い師に問うた。


「嘘だろ!嘘だと言ってくれ!嘘だ!」


猿ぐつわをされるまで、問い続けた。





人だかりの中、去り行くパトカーを眺める占い師がいた。


「だから、お聞きしたのに」


占い師は立ち上がりパトカーを見送った。道路際まで歩み寄る占い師を、周りの人だかりは無意識に避けていた。誰の目にも占い師は写っていなかった。


「ホンジョウ マサヤさま。アナタさまはあそこでわたくしの答えを聞かなければ、すぐに、死ねたのです。アナタさまの望み通りに、事故死というあっけない終わりに興じれたのでございます」

「アナタさまはご自分だけが死に向かって生きているとお思いでしたが、ヒトは、生命は、誰しもがいつも死に向かって生きているのですよ。それは当たり前のことなのです」

「死を意識し過ぎたアナタさまは、生に捕らわれた。ご自分一人では生きることも死ぬこともままならない程、精神を死の淵へ持っていかれた」

「死に近い者ほど、死が離れていってしまうのでございます」

「皮肉なものですね、ホンジョウさま。どうか、あと70年、すこやかにお過ごしくださいますよう」


占い師の甲高い嗤い声は、周りの人々には届かず、本条にしか聞こえなかった。


「ごきげんよう!」


占い師と
戯れ言に捕らわれた男




20100730






すみません…こんなハズじゃなかったんです。ギャグに、どうしようもない馬鹿話にするつもりだったんです。
なのに何が間違って精神破綻のお話に…?予定は未定とは上手く言ったものですね(それで締めるってどうなの?)

でもわりと占い師さんは気に入ってます(懲りなくってすみません…ッ!)

こんな所までお読みいただき、ありがとうございます!




ススム モクジ モドル



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