さくらのした



「ねぇ、どこ行くの?」
「…」

突然家を連れ出され、川沿いの道を歩き始めて体感時間は15分以上経ってる。その間に何度も行く先を尋ねたけど、返事は無言。

「どこ向かってるの?」
「行けばわかる」

もしくは、はぐらかし。私の右手を掴んで引っ張ってる彼は無表情で歩き続ける。ホント、どこに行くんだか。

「桜がキレイだねぇ」

何とはなしに見上げれば五分咲きの桜。まだまだ枝ばかりでこれからなんだろうけど、コレはコレで良いもんだ。無言の背中に投げ掛ければ、ちゃんと前を見なよと返された。

「だって暇なんだもん」
「転ぶよ」
「転んだら巻き込んであげるよ」

上を見たまま言えば、呆れたように一瞥だけくれた。
心配ならそう言えばいいのに、意地っ張りなんだから。そもそも引っ張ってる張本人に言われたくないよね。いつだって彼は肝心な事を言わないんだ。

「もう少しで着くから」
「え?」

風景は変わらず川沿いに桜並木、それからぽつんぽつんと大小の家が建ち並ぶくらいで。前を見ても後ろを見ても同じ。
だけど、右側を見ると少し違っていた。

「…お墓?」

垣根の中に、名前を刻まれた石が何個もあった。躊躇いもなくそこに入って行った彼は、その中のひときわ大きな黒い墓石の前で立ち止まった。

「これ、ウチの墓」
「え?」

その前には彩りの花と小さなお饅頭がお供えしてあった。

「ウチのじいさまが眠ってる」
「ふーん…ご臨終でした?」
「使い方違う」
「えぇーじゃぁ何て言えばいいの?」

何も、そう言って彼は手を合わせ目を瞑った。静かに穏やかに黙祷を捧げていた。そんな彼を見て、私も手を合わせた。

「じいさまには会ったことないんだ」
「え?」
「僕が産まれる前に死んだから」
「…そう」

彼は目を開いて、じっと墓石を見つめていた。

「母親の腹の中にいる時、よく会ってたんだって…」
「それで?」

彼の横顔が言いたいけど言えない、みたいな顔をしてるから、つい先を促してしまった。彼は墓石を見たまま私の右手を握った。その手は、冷たかった。

「ばあさまが言ってた、『お前が産まれてくるのを一番楽しみにしてたのはじいさまだ』って」
「うん」

「でも、僕が産まれる少し前に死んじゃって…本当に、突然だったって」
「うん」

「小さい頃から墓参りに連れて来られてたけど、寂しいとか悲しいとか思ったこと無かったんだ」
「うん」

「ずっとそのままだと思ってたけど、なんか急に会わせたくなって」
「それって、私?」

控えめに問い掛けると、彼は私を見て頷いた。それがあまりにも優しく儚く見えて、私は彼に抱きついていた。
彼が、消えてしまいそうだったんだ。

「何?」

私から抱きつくなんてそうそう無いのに、彼は素面と変わらずに聞いてくるから、ムカつく。けれどいつもの彼だ、と思えて安心もしてしまうの。

「ありがとう、おじいさんに会わせてくれて」

かなり恥ずかしくて彼の胸元に顔をうずめながら、それでも本心を伝えた。

彼が何を思って私を連れて来てくれたのかはサッパリ分からないけど、嬉しかったから。





「ありがとう」



「今度はお菓子とお茶でも持ってきて、おじいさんと私とアンタでお花見しようか」
「…」

「ね?いいでしょ?」
「そう、だね。それもいいかもしれない」




桜が満開になったら

また来ます、彼女と一緒に



20100528

ススム モクジ モドル



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