しんぷる
 
日付も変わる頃、黙々と目の前の食器達を洗い続ける。大した量ではないのですぐ終わり、外の暖簾をしまう父親に目をやると少し老けたなと思う。
元からガタイは良くなかったが、少し痩せた気がする。白髪も増え、昔はもっと活気があったのに少し大人しくなった。

オフィス街に似合わない古い建物。昔ながらの定食屋。昔からある定食屋だがオフィス街って事もあり潰れず細々とはいえ今までやれた。だが、そんな店もそろそろヤバいのかもしれない。新規のお客さんは来ず、今は常連さん達のお陰で成り立っている。

2週間程前、私達のお店の前にキッチンカーが来た。おにぎりをメインにやってるお店でなんでも店主がイケメンらしい。ただ、それだけだったらすぐに客足は遠退きそうだが遠退く所か日に日にお客さんは増えている。
店主がイケメンってのも人気の1つだろうが、シンプルにおにぎりが美味しい…らしい。何となくライバル意識があり食べた事ないが行ったという常連さんの話では、その辺のおにぎりとは違うらしい。

「なにこれ…うっま…」

別にただのおにぎりでしょ?おにぎりに違いってないでしょと思っていたのに気になって、とうとう食べに行ってしまった。キッチンカーの近くに作られたちょっとした食べるスペース。椅子に座り無難に頼んだ鮭と梅干のおにぎりを頬張る。
ビックリした鮭も塩辛くない程よい塩加減でお米の美味しさが増してる気がする。梅干も癖になる酸っぱさ。真夏にこれ食べると堪らないだろうなあって思いながら食べていると「うまいやろ?」と背後から声をかけられた。振り返ると店主の男が立っていた。

「ブッ…!」
「そんなに驚かんでも」
「いや、そのっ…」

噂には聞いていたが、想像を超えるイケメンで食べていたおにぎりを吐き出しそうになった。てか、まさか話しかけられると思っていなかったから驚きが隠せなかった。

「まさか名字さんが食べにきてくれるとか光栄やわあ」

急に出てきた自分の名前にビックリして咳き込む。お茶を飲み少し落ち着くと、じぃと見てくるのに気がついた。ニコニコとしているは目の奥は冷たい感じ。

「いつ来てくれるんかなってドキドキしてたのに、中々名字さん来てくれへんのな。こっちから行ったろうかなって思ってた時に来てくれてよかったわー」
「は、はあ。てかなんで私の名前…」
「お向かいの定食屋さんの看板娘さんらしいやん」

いや、看板娘とか言われる歳ではない!!20歳超えてフラフラして何となく就職せずに実家に甘えてるだけだ。多分常連さんが言ったのだろう。何となく恥ずかしくなり「ご馳走様でした」と一言言って逃げようとすると、ゴツゴツした手に腕を掴まれ引き止められた。

「また来てや。」

またあの笑顔。目の奥が冷たい感じ。少し怖くなり返事もせず自分の店に逃げ込む。扉を閉めた途端、足の力がなくなりその場に座り込んでしまった。

「こっわ…。目が全く笑ってないって…」

掴まれた所が少し熱を持っていて、先程の光景を鮮明に思い出してしまう。イケメンは確かだったけど出来ればもう関わりたくない。関わりたくないが、おにぎりは美味しかった。

「“また”ねぇ…」

恐怖よりも食欲のが勝ちそうで困っていると厨房から父親の声が聞こえ、お店を開く準備を進める。昔ながらの大きめの炊飯器から炊き上がったばかりのお米の匂いを嗅ぎさっきのおにぎりを思い出す。

本当美味しかったなあ

シンプルな物だからこそ誤魔化しは効かない。確実に近々また食べに行くんだろうなって食欲は正直だなと少し苦笑いしながら暖簾をかけ、外の看板の電気を付けた。



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